君が泣いた日｜リアクション

君が泣いた日

●椿美咲紀が泣いた日

　休日のある日、美咲紀は以前撮った写真の整理をしていた。
　思うままに撮った写真や、新聞部の取材として撮った写真、その一枚一枚が過ぎ去った時間を思い起こさせるには十分なものだった。率直に言ってしまえば、よくある片付けの落とし穴に陥っていたとも言うのだけれど。

「あ、これは去年の寝子祭のですね」

　射撃部と新聞部で行った合同イベントの写真だった。楽しそうなみんなの笑顔が余すところなく収められている。その日の写真の枚数だけでも結構なもので、これも全て楽しかった思い出なのですと微笑みながら片付けていく。
　同じように次々と、時には手を止めてその時の出来事を思い出しながら日付と簡単に識別ができる名前を書いた付箋を付けながら作業を進めていた。
　そして、ふと手にした写真に目を奪われて動きを止める。

「去年の春に撮った桜……写真で見ても、やっぱり綺麗です」

　今年の春にも、一面に咲き誇る桜が見れたらと美咲紀は思う。できたら、寝子高に来てから出合った大切な友人たちと見に行きたいと、写真を見ながら考える。
　美咲紀にとって、毎年お花見をするのが春の楽しみのひとつだ。見る場所はその時によって色々変わるけれど、どこであっても沢山の桜の樹が競うように咲き誇る場所へ行っている。

「名所じゃなくても、桜が沢山咲いているところがいいのですよ」

　雑誌に載っているような名所も素敵だけれど、花の終わり頃……特に風が強い日などは桜が風に攫われるように数多の花弁が宙に舞う姿……桜吹雪は幻想的で圧倒されるほどに美しいと美咲紀は思う。
　そして、その沢山の花弁が舞う光景を見ていると、なんだか切なくなるのも美咲紀が桜を好きな理由のひとつなのかもしれない。それはあっという間に春を駆け抜けていく桜の花の短さを想うからだろうか、儚ささえ感じてしまう。
　満開の桜の写真を何枚か捲っていくと、桜吹雪が舞い上がる瞬間を収めた写真が出てきて、また美咲紀はその手を止めるのだ。
　写真を見つめていると、掴もうとしても掴みきれない花弁が視界を隠すほどに舞い踊る姿に過ぎ行く時の流れを、とても……とても早く感じてしまう。気が付けば、自分もあと数ヶ月で二年生へと進級するのだと美咲紀は強く感じていた。

「長いようで短い、そんなものなのでしょうかね」

　今はまだ冬だけれど、春は色々なものが動き出す心躍る季節だ。なのに春を代表する桜は、光だけではなく冥府へと連なる何かを携えているのかもしれない……なんて自然と心に浮かび上がってくるのは、桜の写真を眺めていたせいか、どこか感傷的になってしまっているせいだろうか。
　淡く紅のかかった白い花弁が、死者の魂を思い起こすからなのかもしれない。そういえば、美しく咲き誇る桜の樹の下には死体が埋まっているなんてこともよく聞く言葉だ。

「あれ……おかしいですね」

　そっと頬に手をやると、流れ落ちる涙に触れた。
　まだ遠く、けれどいつかやってくるであろう春に、そして桜に想いを馳せて美咲紀は涙を拭うと、そっと大事なものを扱うように桜の写真を仕舞ったのだった。