君が泣いた日｜リアクション

君が泣いた日

●桃川圭花が泣いた日

　圭花の好きなものは、甘いお菓子。それから、悲しい映画。
　今日はそのどちらも堪能したくて、外に出た。

「どこで映画を見ようかな」

　天気は上々、冬の寒さはあるけれどお気に入りのコクーンシルエットのダッフルコートを着てしまえばそんなに気にならない。シーサイドタウンまで歩くと、ｍｉａｏにある大型の映画館にするかミニシアター【Lumière】で少し迷う。とくに前情報もなく、どんな映画がやってるのか確認もしていない。と、すれば実際に上映プランを見て決めるしかないかと圭花は呟いて、先に【Lumière】へと向かった。
　ぽつんと置かれた看板をチェックしてみれば、見たことのない恋愛映画が上映されるらしい。上映時間までには少し時間があるようなので、飲み物と甘いお菓子を買う為にもう少し歩く。
　ペットボトルの飲み物と、移動販売車で売られていたチュロスを買って時計を見れば、上映時間まではもう少し。やや早歩きで【Lumière】に戻って、受付けを済ませるとシアターの席にその身を滑らせた。
　観客はまばらで、落ち着いて映画が観れそうだと圭花はチュロスを一口齧る。カリっとした食感と砂糖の甘さに思わず顔を綻ばせていると、上映開始のブザーが鳴った。暗くなる館内、スクリーンと非常灯だけが浮かび上がって映画は始まった。
　……ラブストーリーじゃなかったっけ、と圭花は内心首を傾げる。圭花がそう思うのも仕方ないほど、映画の冒頭シーンは圭花の予想を完全に裏切って悲痛な別れの場面から始まったのだ。
　しかも女の方は棘をむき出しにしたような言葉で相手の男をなじっている。それを受ける男はいつか時間が何かしてくれると信じて、黙ってそれに耐えているのだ。
　それから、ストーリーは今までのことを追想する形で進みだした。二人の出会い、それぞれの大きな夢、そしてそれをお互い励ましあって過ぎていく生活は幸せに満ちていた。
　けれどそんな幸せな日々は長くは続かず、片方が成功しどんどん夢を叶えていくのに対して、片方はうまくいかず徐々に立ち行かなくなっていく……擦れ違う日々と気持ち、それでも相手が好きだからとお互いに気を遣うのだけれど、それすらも溝を深めるばかりで、そして映画の冒頭部分へと繋がるのだ。
　圭花はいつしか手元のチュロスの存在を忘れるほど映画に見入っていた。
　追想から現在の時間軸へ物語が辿り着いた頃、スクリーンにはその今までの思い出の日々が詰まったビデオを、女の人が一人で泣きながら見ているシーンが映し出されていた。部屋には幸せだった頃のものが沢山あって、彼女が本当に相手のことが好きだったのだと、そして今でも好きなのだということが痛いほどよくわかる。
　だって、と圭花は思う。
　――――そもそも、本当に好きじゃなかったら、こんなに悲しくなんてならない。
　圭花の胸が、ドクンと跳ねた。ぎゅっと握ったチュロスはどこか冷たくて、圭花はスクリーンをひたすらに見つめていた。
　女の人の手元には、男が残した手紙があった。

『I could never rescue you,All I could do was love you hard and let you go.』

　君を救うことはできなかったけれど、僕にできたのはただひたすらに君を愛し、解放することだけだった。
　男も、本当に女を好きだったのだ。だからこそ、これ以上傷付けられないと別れを選んだ。
　結末は悲しくても、それまでの間に眩いほどの幸せがあったのだと圭花は知っている。
　握っていたチュロスに、圭花が知らぬうちに流していた涙が落ちる。それに気が付いて慌ててハンカチで拭ったけれど、齧ったチュロスはどこか涙の味がして、圭花はそれをドリンクで流し込むのだった。

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