お注射のお時間です！｜リアクション

お注射のお時間です！

【その女医、残念系】

　ところで、この「らっ倫」病院にはもう一人女医がいる。

「ああ、いけない！　思いっきり遅刻じゃないのっ！」

　現実の寝子島では現役の女子大生の城山水樹である。
　彼女はこの「らっ倫」病院の女医になりきっていて、しかも現在絶賛遅刻中であった。
「ごめんなさい！　少し寝坊をしたわ！　さあ、仕事を始めましょう！」
　大急ぎで着替えやら、診察の準備を済ませるとすぐそばにいた看護師の御巫時子にそう呼びかける。
「はい、先生。本日もよろしくお願いしますね」
　時子は、特に水樹の遅刻を咎めることもなく、にっこり微笑んでそう頷いた。
「それではモブ田さん。モブ田モブ男さん。第四診察室へお入りください」
　時子がマイクに向かって、そう患者を呼び出す。
「……モブ田モブ男？」
　水樹は思わずそう呟く。ひどい名前もあったものだ。
「よろしくお願いしますぶひぃ」
　がちゃり、と扉を開けて患畜――ではなくて患者のモブ田モブ男が中に入ってきた。
（ねぇ、今、あの患者さん、『ぶひぃ』って言わなかった？）
（さぁ、ボソボソ声なのでよく聞こえませんでしたが）
　水樹は時子に小声で訊くが、彼女にはよく聞こえていなかったようだ。
「……まぁ、いいわ。それじゃあ、まあそちらの椅子にかけてちょうだい」
「はい、どうぞ」
　水樹が手で椅子を指し示すと、時子が心得た動きで椅子をすすっとモブ男のそばまで動かす。
「ありがとうございますぶひぃ～」
　モブ男は丁寧に頭を下げて言った。セクシーな女医と美人の看護師のコンビに、モブ男は鼻の下が伸びていた。
「……えっと、もう語尾には突っ込まないでおくわ。で、今日はどうしたのかしら？」
「はい。なんだか全身が重くてだるいんですぶひぃ」
「食べ過ぎね。ダイエットしなさい」
「ぶひぃ！？」
「はい、次の方ー」
　診察は一瞬で終了した。
「お疲れ様でした。えーと、では次はモブ山さん。モブ山モブ子さん」
　水樹の光速の診察には特に突っ込まず、時子は笑顔のまま次の患者を呼んだ。
「よろしくお願いします」
　入ってきたモブ子は、実にモブっぽいごく普通の女性だった。
「はい、じゃあそこにかけてね。で、今日はどうしたの？」
「はい。実は料理をしていたら火傷をしてしまって……」
「それは大変。じゃあ消毒して、軟膏を塗りましょうね」
　水樹はそう言うと、すぐそばにあった『混ぜるなキケン！』と表記された液体をモブ子の患部にぶっかけた。

「ぴぎゃあああああああああああー！？」

　モブ子の悲痛な叫びが診察室に響いた。
「あの、先生。それ、浴室洗剤って書いてありますけど大丈夫ですか？」
「え？　あら？　やだほんと。もう気づいてたなら、先に言ってよ」
　水樹は自分の不注意は棚に上げて、時子にそんなことを言う。
「いえ、そういう治療法もあるのかなーと」
　時子は、おっとりとした笑顔でそう言った。
「ごめんなさいね。次はちゃんと塗るからね」
　と、水樹が次に手にしたのは、どう見てもハバネロ入りケチャップなのであり、
「すみません！　もう治りました！　ありがとうございましたぁああああああ！」
　次の瞬間には、モブ子は奇声を上げながら、脱兎のごとく診察室から去っていった。

「あら、すっかり元気ね。やっぱり私はゴットハンドの持ち主だわ」

　そう言った水樹は、どちらかというと、死神の手の使い手のように思われた。
　ちなみに、水樹は幼少の頃のお医者さんごっこのときから、だいたいこんな感じだったのだという――。

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