マッチョ売りの少女｜リアクション

マッチョ売りの少女

「お願いです、マッチョを、このマッチョなマッチを買ってください！」

「マッチョ、だと？」
　聞こえてきた単語に、夢呼・ステイシーは思わず少女につかつかと歩み寄ってしまった。
強い意志を宿した瞳に少女は一瞬怖気づいた表情を見せるが、
次に続いた「言い値で買おう」と言う夢呼の言葉に、少女はほっと安堵の笑みを浮かべる。
少女からマッチを受け取った夢呼はすぐさま一本に火をつけ、
じっと揺らめく炎を見つめ、微動だにしない。
　ここまではかなり冷たい印象を与えてしまった夢呼だが、本当の彼の姿はそうではない。
ただ、彼にとってマッチョと言う言葉は長年の夢、
いわば悲願といえるほどの存在なのだ。
今までの無念が、たとえ幻の中であっても叶うとなれば、
意識がその一点だけに集中するのも無理はない。
　まるで何かに駆り立てられるような表情で
一心に炎を見つめている夢呼にだんだんと変化が訪れ始めた。
炎の輪郭が歪み始め、夢呼の視界を覆っていく。
　気づけば夢呼の目の前には、様々なパターンのマッチョが集結していた。
ボディビルダー風の正統派マッチョ、女子に人気No.1のイケメン細マッチョ、
分厚い胸板がご自慢のゴリマッチョ、しなやかな筋肉が武器の水泳派マッチョなど
ありとあらゆるマッチョな男たちが選り取り見取り！
　彼らは、見て見てー！と言わんばかりに夢呼を取り囲み、
それぞれに自信のある肉体の部位を強調してくる。
初めは戸惑いながらも興味深く眺めていた夢呼も、
さすがにだんだんと気分が悪くなってきた。
（マッチョというか…適度な筋肉がついた体型には憧れるけども、
俺は決してマッチョな男どもに囲まれたいわけではない！断じてない！！）
「暑苦しいわ！冬なのに！」
　怒声交じりの言葉と共に筋肉の壁を乗り越えると、
その先にはさらにひとりのマッチョ。
しかし、いままで夢呼を囲んでいたむくつけき筋肉ダルマたちとは一味違った。
無駄のない引き締まった筋肉。付くべきところにはしっかりとついていて、
しかし不要なところには一切ついていない、理想の筋肉バランス。
ポーズなんぞとらなくとも自然に滲み出てしまう、
まるで彫刻のような美しい肉体。
その理想の肉体の持ち主は、なんと夢呼本人だった。
　そう、それ！それが俺の理想体型！夢呼は心の中で叫ぶ。
こんな何しても筋肉も脂肪すらも全くつかないひょろひょろ体型じゃなくて！
夢呼の心の声を聞いたかのように、目の前で理想の体型の夢呼が自信ありげに微笑む。
「ああいう健康的に筋肉がついた体型が、俺の理想なんだああああ！」
　叫び声とともに我に返ると、夢呼はマッチを擦った時と同じ寝子島駅前にいた。
クマのようなマッチョ達も神話の神々のような理想すぎる体型の夢呼もマッチの炎と共に消え去り、
後に残されたのは、心で叫んだつもりだった言葉の後半を思い切り口に出してしまっていた夢呼と
冷たいほどクールに見えていた夢呼の変貌にちょっと引いている少女、
ちょうど電車が着いたのか、駅の出口から家路に着く皆々様の
寒風よりも冷たく雪よりも白い視線だ。
　くるり、と回れ右をし、全力疾走で夢呼はその場を後にした。
体力がないから長くは走れないが、一刻も早くあの場所から逃げ出したかったのだ。
まだ走り始めたばかりだというのにすでに上がっている息の下、
夢呼はちくしょう、と呟いたのだった。

このページにイラストを設定する