ウィンター！部活動のお時間です！～運動部編～｜リアクション

ウィンター！部活動のお時間です！～運動部編～

「よろしくお願いしまーす」
　ねむるの少しのんびりとした挨拶の声と共に、寝子高ボクシング部最後の練習試合が始まった。

　飄々とフットワークを刻むねむると、長身でリーチも長いアウトボクサータイプの相手。お互いジャブで牽制しながら静かに試合が立ち上がる。
　ねむるは少し強めのジャブで相手を誘う。しかし相手は間合いを上手く切りながらもねむるの左左に回り込むよう大きくリングを旋回してくる。
（……餌に食いついてこない、か）
　その上常に自分の利き腕の逆に陣取ろうとしてくる。慣れた試合運びにねむるは相手が２年生だった事を思い出した。
（巧先生、しんどい相手持ってきたなぁ）
　巧はねむるのボクシングに対する情熱を知っている。だからこその対戦カードなのだろう。
（ま、頑張るけどね）
　とは思いながらもこのリーチ差はなかなか厳しいものがある。手数の少ない相手の様子にねむるは嫌な予感がした。

　２Ｒ。ねむるの予感は的中した。Ｒ開始と同時に相手の槍の様なジャブが次々に飛んできたのだ。リーチが長く伸びてくるジャブにねむるは手こずってしまう。
（１Ｒで手数が少なかったのはやっぱりこちらに距離感を掴ませない為か。流れを変えなきゃジリ貧、参ったなぁ）
　ねむるはガードをしっかり上げ、首を左右に振りつつ相手との距離を詰めようと試みる。しかし反対に背の高い相手から打ち下ろしの右ストレートをくらい片膝をついてしまった。ふらつきながらも何とか立ち上がった時、２Ｒが終了した。

「さあ、どないする？　と言ってももう勝つには方法は１つしかないな。……君は案外いつもそれを狙ってるんか？」
　インターバルで何とか自分を立て直したねむるに、巧が緊張感無く話しかける。ねむるは苦笑しながら答えた。
「狙ってるって……。先生がこのカード組んだんでしょ」
　同時に３Ｒ開始の合図があった。ねむるは言葉を残し、リングの中央に向かう。
「……まあ見てて下さい」

　巧に言われずともねむるは分かっていた。恐らく相手も分かっている。このままではねむるの判定勝ちは絶望的、ＫＯでもしない限り逆転はないという事を。
（仕方ない、ぶっつけ本番で『アレ』やるか）
　ただ相手が判定勝ちに満足するようでは使えない。それだけがねむるは心配だったが、勝てるという余裕で気が大きくなっているのか、最終Ｒでも相手はその手を緩めず伸びのあるパンチを打ってくる。
　ねむるはガードを固め間合いを詰める。２Ｒと同じ展開だ。相手がしめたとばかりに右ストレートでねむるを仕留めにかかった。
（―――今だ！）
　ねむるはすかさず左構えにスイッチする。そしてそのまま懐に飛び込み左に強烈なボディを叩き込んだ。
　まさか左に来るとは思っていなかった相手はもろにねむるの渾身のパンチを食らい、体をくの字に折り曲げリングに崩れ落ちる。そのまま試合は続行不可能となり、ねむるの逆転ＫＯ勝ちとなった。

「はぁ、しんどかった～」
　自コーナーに帰って来たねむるを巧は苦笑しながら迎える。
「アマチュアは有効打の数が勝敗を分けるというのに……君の勝ち方はまさにプロのそれやな」
　そう言うとゴンとねむるの頭を勢いよく小突く。
「うわ、ちょっ、先生やめて～」
　体力気力共に使い果たしたねむるはあっけなくリングにペタリと座り込んでしまった。
「……先生のＫＯ勝ちだな」
　士の言葉に部員全員が思わず笑ってしまった。

　こうして練習合宿初日が終了した。楽しみな夕食は。
「寺で精進料理や！」
「「「「「えええーーーっ？！？」」」」」
　生徒達の大ブーイングに巧は満足そうにガハハと笑った。
「嘘に決まっとるやろ！　相手校さんと自炊や。ほらはよ手伝いに行かんか！」
　食いっぱぐれては大変と全員が慌てて駆け出す。その後ろ姿を見る巧の目は温かかった。

（お前らはまだまだ。まだまだなんや。だから、頑張れよ………！）