月見のお茶会｜リアクション

月見のお茶会

「密架さん」
　呼ぶ声に振り返った密架に、水樹はアイシングがほどこされたクッキーが乗った皿を差し出した。
　皿には雪の結晶や雪だるま、ミトンの手袋など冬をイメージさせる、かわいらしいクッキーが並んでいた。どれも水色や白色のアイシングで表面をコーティングされ、チョコペンでボタンや模様が描かれている。水樹が持参してきた物だ。
「あらかわいい」
「……ええ。とても可愛らしくできたと私も思うわ……でも、味はどうかしらね？」
「いただくわね」
　どれも甲乙つけがたいほどかわいいなかから、密架は雪だるまの形に抜かれたクッキーをつまんだ。
　なんだか食べるのがもったいないみたい、と手に取ったクッキーをもう一度眺めてからかじる。サクッという食感とともにホロホロと口内で崩れたクッキーからバターとココナッツの味が広がった。
「おいしいわ。こんなにおいしいクッキーを食べたのは久しぶり」
「……ありがとう」
　密架からの称賛に内心ほっとする水樹の後ろで、オーブンがチンと小さく鳴った。
　焼き上がったタルトカップを取り出して、用意してあった次の天板を入れる。そして焼き上がったタルトカップを型から取り出し、冷めるのを待つ間に中身のカスタードづくりに入った。牛乳をあたためている間に卵黄、砂糖、薄力粉をボゥルで混ぜ合わせる。実に手際がいい。
「お菓子はよくつくるの？」
　イチゴを切り分けるのを手伝いながらの密架からの質問に、水樹は首を振った。
「いいえ、にわかよ。初めてつくったのは……夏、かしらね」
　実は水樹はこういった細かい作業が昔から苦手だった。ただ、夏に最低最悪の形で失恋したことをきっかけに、菓子づくりを始めたのだ。気をまぎらわせられるものなら何でもよかったのだが、あいにくとモデルの仕事があるのでスポーツにはまって必要以上に日焼けをしたり、余計な筋肉をつけるわけにもいかない。そんななか、こうして忙しく手を動かす菓子づくりはぴったりに思えたのだった。
　もともと要領はいい方なので、コツはすぐに飲み込めて、水樹自身意外に思えるほど早く上達した。やっぱり仕事柄、あんまり自分で食べられないのが残念だけれど、今の密架のように、幸い家族や友達からの評判はいいみたいだ。
　火を弱めてあたたまった牛乳の中に材料を投入し冷蔵庫へ。カスタードはこれで終わり。フルーツは密架が準備してくれているからいいとして、と水樹は生クリームの撹拌に入る。

「ここ、もう使いませんか？」
　時子がコンロを指さして訊いてきた。手には水の張った鍋を握っている。
「ええ、どうぞ」
　水樹の言葉に、時子は鍋をコンロにかけた。
　時子がつくっているのは月見団子だ。月見といえば、やっぱりこれだと思ったのだ。
　ただ飾るのではなく、食べられるようにと時間が経っても固くならないように絹ごし豆腐を加えてこねた白玉粉はひと口大の大きさに丸めてある。思いつきで、クコの実と黒ゴマも持ってきた。これを耳と目にしたら、きっと雪うさぎのようにかわいく仕上がるだろう。
　そのほかにも、きな粉とみたらしのあんを用意していると、お湯が沸いた。丸めた団子を茹でようとする時子の手元に、密架がキッチンペーパーを敷いたバットを置く。
「使ってね」
「ありがとうございます」
　丁寧に礼を言って、団子を茹でる作業をしていると、正面の窓でカタンと音がした。音につられるように面を上げた時子は窓の向こうにヨタカを見つけた。
「ヨタカさんっ」
　ぱっと時子の表情が明るくなった。
　後ろのふたりに肩越しに視線を向ける。ふたりの注意がフルーツタルトづくりに向いているのを確認して、時子は小さな声でヨタカに話しかけた。
「もうお用事は終わったんですか？　――そうですか、よかった。
　あ。この窓は開けられないんです、ごめんなさい。もう少し待っててもらえますか？　あとで私も庭の方へ行きますから」
　応じるように、キョキョッとヨタカの鳴く声が窓越しに聞こえてくる。そして裏庭の木を目指して飛び立ったヨタカの姿を見つつ、時子は作業に戻る。
（よかった。ヨタカさんが来てくれて）
　月見がさらに楽しみになって、知らず知らず鼻歌が漏れる。
　これが終わったあと、チョコクッキーを焼くつもりでタネを冷蔵庫に寝かしてあることを思い出し、時子はウサギやネコに加えて鳥もつくろうと思った。
　ヨタカをイメージしたクッキーを見て、きっとヨタカも喜ぶだろう。
「ふふっ」
　思わずこぼれた笑みに、密架が気づいた。
「楽しい？」
「はいっ」
「そう。楽しんでもらえたら、わたしもうれしいわ」
　時子が元気よく即答してくれたことに、密架はほほ笑んだ。

このページにイラストを設定する

月見のお茶会

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧