【終業式】始めようと思ったときが始まり｜リアクション

【終業式】始めようと思ったときが始まり

【一年の汚れを駆逐せよ〔教室編〕（２）】

　三年二組の教室では、仙藤紫があと数か月で別れとなる教室の掃除に励んでいた。
「どうして校長の話ってああも無意味で、長ったらしいのかしら？」
「あ、あはは。そうだね」
　教室で、本人が聞いたら、今にも泣き出しそうな台詞を真顔で呟く紫にクラスメイトが苦笑する。
「特に今回はいつもより輪をかけて長く、そしてつまらなかったわ」
「そうね。元生徒会長が頭を叩かなかったら永遠に続いていたかも」
「想像しただけでぞっとする展開ね」
　それはもう気分が悪くなって気絶する者が出てもおかしくない話だと紫は思う。実際、何人かの生徒が先生に保健室に連れていかれていたようだし。
　さらに紫にとって不幸だったのは、通知表も４と５ばかりで何の面白みもない成績だったということである。
「本当に長いうえに、つまらない式だったわ」
「まあ、でも、長い終業式も、この掃除でラスト！　というわけで頑張りましょう！」
「……ええ、そうね」
　ポジティブなクラスメイトの言葉に、紫は一つ息を吐いて頷く。
　確かにここで校長の話の無益さを愚痴っていても、早く帰れるわけでもない。
　それに紫にだって、この学校に何の思い入れがないというわけでもないのだ。
「それじゃ仙藤さんは黒板を綺麗にしてもらえる？　ほら、仙藤さん、背高いし」
「わかったわ」
　紫は言われた通りに黒板の前に立つ。
（とはいえ、私も女子生徒としては高い方とはいえ、そんなに高身長というわけでもないんだけど……）
　１７２ｃｍという身長は、男子生徒も含めて高校生全体で見れば決して高い方ではない。
　とはいえ、黒板を綺麗にする方法なら紫も知っている。
　お鉢がまわってきた以上は、きっちりと仕事をするのが仙藤紫の流儀だった。
（黒板を綺麗に消すのにはコツがある。それは――黒板消しに体重を乗せること）
　紫は意識して黒板消しに体重を預けながら、黒板を隅から隅まで綺麗に消していく。
　粉がついたら、丁寧に叩き落として、また端から端へと同じように丁寧に消していく。
（あとは水拭きをすれば完璧、と）
　紫はすっかり綺麗に磨き上げられた黒板を見て、少し満足そうにふぅと息を漏らした。
「あ、凄い。仙藤さん、黒板を綺麗にするの上手なんだねー！」
　クラスメイトの一人が感嘆の声を漏らすと、近くにいた他のクラスメイト達も集まってきて同様に感嘆の声を上げる。
「これ、寝子高に入ってすぐの頃に先輩から教わったのよね」
　紫は照れ隠しもかねて、かつての記憶に想いを馳せながらそんなことを言った。
「あれからもうすでに二年と半年。あと数か月で卒業なんだから、三年間なんてあっという間だったわね」
　少し感慨深げに言うと、すでにクラスの何人かの女子が泣きそうになっている。
「黒板も、教室も、また来年になれば汚れるのだろうけれど――それでもきちんと綺麗にしておきたいものね。ほら、言うじゃない？　立つ鳥後を濁さず、って」
　紫の言葉は校長の演説よりもよほどクラスメイト達の心を打ち、その後の清掃活動の効率を向上させた。
　こうして、また一つ一つ、教室は綺麗に清掃されて、年越しに向けての準備を完了させていくのだった。