【大晦日】旧市街の夜と朝｜リアクション

【大晦日】旧市街の夜と朝

【はつな、夜のお出かけをする】

　いつもなら家に居なければいけない時間に、いつもなら夜更けで静かになっている筈の往来が賑わう光景を前に、回田はつなは感極まって声を上げた。
「うひ～、お店がいっぱいだ～！」

　
　『初日の出程遅くならないなら……』と承諾を貰って訪れている大晦日のお参りは、参道商店街を埋め尽くす夜店の一つ一つを見てまわるのも楽しみの一つだ。
　中でもはつなのお気に入りは、タコ焼とあんず飴である。
（私あれ大好きなんだよ〜、あったら食べたいな〜！）
　二つを目的に探しながら下から店をなめていくと、あれもこれもと目移りして、その度に「すみません〜、これください〜」。
　あんず飴を持ったままタコ焼屋台に辿り着く頃には、はつなの腹はもうあと少ししか空きスペースがなかった。
　それでも好物を前にすると、箸は伸びる。
「あつあつ！　美味しい……！　うひ～、幸せ～」

＊　＊　＊

　参拝の為の列が境内に入ると、列の反対側でお守りや破魔矢を販売したり、甘酒を配っている巫女さんたちが目に入った。
　非日常を表す清廉な白衣と緋袴姿に、思わずドキッと見とれてしまう——。そんな折にスマートフォンのバイブレーションがはつなを呼んだ。
「はいは〜い？」
　暗い中でも良く見えるほど明るい画面に表示されているのは、はつなと一緒に旧市街に住んでいる祖母からだ。
　——今こころにいる事を承諾してくれた当人なのに、何かあったのだろうか……。不思議に思いながら親指で画面を押して通話すると、祖母の口から予想していなかった内容が——、名前が聞こえてきた。
「お父さんから……、家の方に電話？」
　はしゃぎ紅潮していたはつなの頰から、一気に温度を示す赤色が消えていく。表情をこわばらせ、自分でも知らず固い声を出していた。
「えと……いつもどおり、出られないって……うん」
　そこまで答えると、孫を気遣う言葉が祖母の口から出てきて、はつなはゆっくりと力を抜いた。
「うん～。ありがと、おばあちゃん。今はまだ……ごめんね」
　通話を終了し、前に向きなおって、電話の間に境内の列がどのくらい動いたかを確認した。
（あと少しでお賽銭……）
　鈴を鳴らしたら、何を祈ろうか。そう考える頭の半分で、はつなは先ほどの電話を思い返している。
　自分が「どうしても！」と無理を言って通わせてもらっていた本土の高校なのに、そこに行けなくなってしまった。
　——父は怒っているだろうか。そう考えると怖くて、はつなは父の連絡をずっと断り続けていた。
　いつかは話し合わなければいけないけれど、今はどうしても二の足を踏んでしまう。
「う〜ん、う〜ん……」
　俯いて唸っていられたのはほんの少しの事で、気づけば目の前に賽銭箱がある。
（とりあえず！　今はお参りしなきゃ！）
　入れたお賽銭は５円。
　二礼二拍手をして、手を合わせながら、はつなは祈った。

「お父さんと、おじいちゃんとおばあちゃんが今年も健康で、
　お母さんとトトは、雲の上で安らかに過ごせますように」
　傍にいる家族と遠くに行った家族を想い、それから自分については——。
（私は……、私は何だろ？）
　逡巡して出した答えを、神様の前で口に出した。
「何事もゆっくりと、良い方向に向かえますように～」

　お参りはきちんと出来た。だから良い一年を迎えられるだろう。
　達成感で笑顔を浮かべながら甘酒を飲みきると、はつなは神社の階段を、家を目指して下っていく。
　きっと祖父母が待っていてくれるだろう。
（よ～し。お正月は溜めてた漫画とアニメ、いっぱい見るぞ～！）

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