戦い｜リアクション

戦い

　店先の掃除を終えた新井すばるは朝陽に向かって伸びをした。
「今日も良い天気だね」
　店内に戻ろうとして、ふと動きが止まる。すばるは店の脇を通って裏手に回った。
　そこには小ぢんまりとした社があった。祀られているのは円筒形の石で御本尊に見立てられていた。
「少しは入っているかな」
　質問ポストと名付けられた箱の中を見ると折り畳まれた紙が何枚も入っていた。すばるは満足そうに笑うと適当に選んだ一枚を開いてみた。中から昆虫の足のような物が出てきた。関心を示した目は紙に書かれた内容に向かう。
『玄関で発見したものです。もしかして、黒い悪魔、Ｇの物なのでしょうか？　Ｇなら引っ越します』
　すばるは苦笑した。大袈裟だなー、とのんびりした声で胸ポケットの縁に付けていたボールペンを取り出す。
　紙の余白に御本尊に成り代わって文字を書き入れた。
『Ｇにあらず、引っ越す必要なし』
　続きを書こうとして、即座に手を止めた。眼鏡の奥の目がすっと細くなる。
「カマドウマの脚なんだけど、苦手かもしれないし」
　すばるは陽気にウインクをして次へと移る。丸まった紙は中に何かを収めているように見えた。開くと石が出てきた。
『なんて名前の石ですか』
　すばるは石を摘まんだ。角張ったピンク色の表面に目を近付ける。不十分と判断したのか。愛用の天眼鏡でじっくりと観察した。
「蛍石だね。色合いから考えて、これはベトナム産かな」
　自身の鑑定に納得した表情を浮かべる。早速、その旨を隅の方に書き添えた。
　次の紙には絵が描かれていた。見た目は黒いセミで頭部の左右から角が生えていた。
『宇宙虫を捕まえました。絶対、新種ですよね』
　文面からも興奮の度合いが窺える。すばるは落ち着いた顔でボールペンを走らせた。
『ツノゼミで新種ではない』
　次は、と言いながら折り畳まれた紙を開く。
『風邪をひきました』
『病院に行きましょう』
　数秒で書き入れて次の紙に当たる。内容を目にした途端に軽く噴き出した。
『旬の魚はなんですか？』
　考えるまでもないという風に紙に書き込んだ。
『ブリ、アマダイ、カキ、タイラギもおすすめ』
　そこで一旦、手を止める。一計を案じる表情で書き添えた。
『お店で直に聞いてください。美味しい調理法を教えます』
　読み直してにんまりと笑う。
　――これで店の売り上げが倍増かな。それはそうと、今は何時なんだろう。
　すばるはスマートフォンで時間を目にした。残りの紙に目をやり、全てを開いた。短い質問に対して素早く答えを書き込んでいく。

『妻が家出しました』
『伊豆にいます。三日後に帰ります』

『お化けを見ました』
『調査にいきます。詳細を教えてください』

『ネッシーはいますか？』
『います』

『父の形見の指輪をなくしました』
『エプロンのポケットにあります』

『死にたいです』
『ダメです』

『独りの夜が寂しいです。なんで私だけ、独りぼっちなんですか？』
『みんな同じです』

『グレの釣り方を教えてください』
『日曜の朝四時に、ここに来てください』

　答えの中には小首を傾げるようなものも含まれていた。
「良い感じで頭が冴えてきたね」
　本人は解答に満足していた。残す紙は一枚。目にした瞬間、すばるは気恥ずかしい表情に変わる。
「これは難問だね」
　ボールペンを何回か手の中で回した。

『好きな人はいますか？』
『います』

　すばるは照れながらもしっかりとした文字で書いた。全ての紙を元に戻し、ふと空を見上げる。
「青いね」
　空だけにとどまらない。すばるは、青春、真っ只中であった。

このページにイラストを設定する