三夜家の人々～真っ赤な林檎が届いた日｜リアクション

三夜家の人々～真っ赤な林檎が届いた日

【７】

　三夜雫紅は、三夜家の養子であり、ペンネーム「しずくのみや」で活動するプロの絵本作家である。
「う～ん、次の本、どんなのがいいかしら～」
　雫紅はぼんやりと中空を見つめながら、次の作品のアイデアが閃くのを待っていた。
「今、話題のマンボウくんにあやかってマンボウが主人公の冒険ものとかどうかしら？　……うーん、駄目ね。売れるビジョンが見えないわ～。でも一周まわってアリかも～」
　ぽつりぽつりとアイデアを呟きながら、心の中のキャンバスにまだ見ぬ世界のアイデアを描きつけていく。
　それは「しずくのみや」にとって、もっとも幸福な時間であり、同時にもっとも大変な時間であるかもしれなかった。
「あれも違う～。これも違う～。う～ん」
　雫紅はいつになくアイデア出しに行き詰っていた。
　彼女はこうなってしまうと外界の情報を完全にシャットアウトしてしまうので、林檎の山にざわつく家族の騒がしさにもまるで気づいていなかった。
「あら……？　もう紅茶が切れてしまったみたい。補充しにいかなきゃ～」
　だから、雫紅が林檎の存在に気づいたのは三夜家が騒がしくなり始めてから随分と後の事だった。彼女は仕事の友として、いつも机の上に紅茶の入ったピッチャーとマグカップを置いていて、それがないと仕事が一向に捗らないのである。
「わあ、凄い林檎！」
　台所に辿りつくなり、雫紅は目を丸くした。
「あ、雫紅姉ェ！　ちょうどよかった。雫紅姉ェも林檎ジュース飲まない？」
「ですから朝陽さん、手で粉砕した林檎ジュースを人に飲ませようとしないでくださいと何度言えば」
「相変わらず朝陽は見上げた女子力のなさだね。まあ、この僕の女子力のなさには負けるけどね！」　
　林檎の数もさることながら、それに群がる三夜家の女子達――三夜朝陽、三夜静音、三夜茜らのやりとりがまったくわけがわからなかった。
「事実は小説より奇なりってこのことよねぇ～。私の絵本の登場人物もこれぐらいキャラ立たせた方がいいのかしら～」
「「「？」」」
　雫紅がさらりと凄いことを言ったが、三人の女子はよく聞こえなかった。ちなみに雫紅に悪意はまったくない。ただちょっと頭が絵本作家モードになっているだけである。
「ありがとう。でも、私まだ仕事があるから、仕事の友のアップルティーだけ用意して、部屋に戻るね。夕飯やおやつができたら呼んで～」
　そう言って、雫紅はカットした林檎を入れたピッチャーに茶葉と熱湯を入れて、フレッシュアップルティーをつくって部屋に戻ろうとする。
「あ、ついでにあと二つだけ貰っていくね」
　何に使うかは言わずに、林檎二つとアップルティーを持って部屋に戻る。
　そして、

「……あと、ちょっとで何かが浮かびそうなのよね～」

　スケッチブックにデフォルメした林檎を描きながら、雫紅は間延びした声で呟く。
　もし、彼女の新作に林檎が登場したら、そのモデルはもしするとこのときの林檎であるかもしれない。

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