焼きそばパン再び！　あの壁を登れ！｜リアクション

焼きそばパン再び！　あの壁を登れ！

「お弁当作れなかったからパン買おう……」
　のんびり屋で熾烈な競争は苦手な普通科女子の恵御納夏朝は、そんな軽い気持ちで登り始めた。
　しかしスパッツを忘れたまま登ってしまった。
　たまたま授業が早く終わって早くから壁近くにいられたのはよかったが。
　頑張って２階に差し掛かったころ、強風に容赦なくスカートを煽られた。
（ねこさんパンツ、見えたかも……）
　考えないようにして進もうとするも、家庭科室から調理実習の美味しそうな香りが漂ってくる。
（おいしそうな匂い……お腹すいた……）
　手も疲れてきた。そこへ落ちてきた樽がぶつかる。
「いたっ……」
　度重なる妨害に挫けそうになる。
　手を放してしまえば、楽になる。そんな気持ちがよぎった。
（こんな僕に、フツウを守る資格は……）
　弱気になると、以前の失敗の記憶が蘇る。
（その上、フツウにパンを買うだけの事もできない……）
　
　
「どこまで出来るか……自分への挑戦だな」　
　八神修は、開始と同時にスタートをきった。
　皆が我先に登るのを見ながら、冷静に綱を握り腰に巻き付ける。
　林業の木登りで使うのに似た方法だ。
（落ちてもすぐ止まるぞ）
　パンチラも食事の香りにも何も思わない。
（好きな女性のなら一寸動揺するけどな）
　そこへ樽が落ちてきた。
「おっと」
　雑念を振り払い、慌てず壁に張り付き回避する。
（登山で行う方法だ）

「しっかり手にチョークの粉叩いて、登るぜ！」
　高峰一馬は黒板消しからチョークの粉を手につけ、登り始めた。
「指先の力、握力、手足で身体を持ち上げる力に掌足裏の摩擦……どの力も何一つ無駄にできねえ。……それもなんも、あの頂へ登るため、だ！」
　筋トレを趣味とする一馬は握力に自信がある。
　代々軍人・自衛官を輩出してきた家系とあって、投げ出さない根性も人一倍だ。
　しかし、誤算があった。
「あれ……このチョーク、滑るな」
　残念ながら、黒板用のチョークは炭酸マグネシウムではなく石灰だ。滑り止めには何の役にも立たない。
　そこへ強風が吹いてきて、上にいた女子のスカートが捲れ上がった。
（女子のパンツは見るわけにいかねえだろ）
　風が弱くなるまで、しっかり壁に身体を引きつけて、目を閉じてやり過ごすことにした。
（その方が受ける力も弱くなるし……あとは、俺がトップに立てば事故で見ちまう心配もねえな？）
　風がおさまると、一馬は気を取り直して登り始めた。
（チョークが効かねえなら、あまり無理はできねえな。堅実にいくか）
　

　屋上で待ち受けるのはゴリラの格好をした沼田さんと吉田熊吉先生。
　沼田さんゴリラは、なぜかロープを腰につけている。
　屋上に並ぶ樽をよっこらしょと持ちあげ、壁を登る生徒たちに次々と投げつけていく。
「いやあＯＢの方ですか、お疲れさまです。わしより先輩ですかな」
「は、はあ……」
　気さくに話しかけるゴリラ熊先生に、しどろもどろになりつつ沼田さんゴリラは樽を投げ落とした。
「あっ、先生、そっちの生徒が余裕あるみたいです……」
「おお、そうですかな。それではそっちに投げますか」
　密かに執への狙いをうまくそらしている。

「あ、おいしそうな匂い……、ううん、我慢我慢」
　窓から流れてくる調理実習の匂いに心を揺らがせる羽生碧南。
　しかし、その頭上に樽が降ってきた！　
「ひゃっ！」
　とっさに、近くのロープに飛び移ってやり過ごそうとしたが。
「きゃあー！」
　ロープが揺れた。あとわずか及ばず、手はむなしく空を掴んだ。
「あー、待って、もうちょっとなのにー！」
　登るときはあんなに大変なのに落ちるのはあっけない。
　碧南はそのまま落下していった。
　

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