寝子島大橋をわたって～晩秋｜リアクション

寝子島大橋をわたって～晩秋

　青物といきと浅井幸太先生は、いいペースで海岸沿いの道路を北上している。鎌倉の近くにまできて、先生も休憩するだろうタイミングを見計らって、といきが声をかけた。
「せっかくだし、鎌倉見学でもしようよー」
「ん？鎌倉がそんなに珍しいか？」
「といきは箱根の子だから、鎌倉はよくわからないし面白そうじゃん！ねえ！」
　強引に腕を引っ張られては、先生も了承するしかない。
「じゃあ、まず鎌倉大仏からだにゃ～！」
　先生を先導して鎌倉見物を始めるといき。気ままに興味を持ったところを回っているように見えるが、彼女には実は目的地がある。一見行き当たりばったりの足取りだったが、二人はしっかりと葛原岡神社に近づいていた。
　葛原岡神社が恋愛成就の神社であることは、といきは事前に知っていた。偶然を装って、二人きりでお参りしようというのが彼女の算段だった。
「あそこに神社があるよ！何て読むのかにゃ～？」
「確か、『くずはらおか』だったと思うが」
　先生はといきについて来ているが、鈍感な彼はといきの意図に全く気づいていない。
「よし、境内入ってみよー！」
　といきは、先生の手を引いて鳥居をくぐった。縁結びの神様なので、カップルの姿も多い。
（先生、ちょっとは勘づくかなぁ……いいじゃん、といきにだって乙女な部分はあるし）
「どうした青物？疲れたのか」
　少しの間無言になったといきに、先生が尋ねる。
「ううん、何でもないにゃ」
　浅井先生はやはり、朴念仁だった。
（はぁ……片思いは辛いよ～）

「僕の実家は世に言う資産家ってやつでね。山の上のてっぺんから皆を見下ろしてたんだよねー、ふふ」
　刻人・F・ミセリアは、まだ港の見える丘公園で電話をしていた。
「あー、でも考えてみればここから観覧車も見えるし大きいマンションやビルもいっぱい見える……そう考えると、案外ちっぽけな存在だったのかなー」
　刻人の口調が少し感傷的になる。電話の向こうが何者なのか、どんな反応を返しているのかを知る者は誰もいない。
「まー、こういう生活になると煌びやかな物とかどうでも良くなったし、いいか」
　電話口の会話が少し途切れたようだ。
「……大桟橋の……ターミナルだっけ？あそこの駐車場にこれから向かうよ。迷子の観光客っぽくしてるから」
　どうやら、刻人はようやく待ち人に会える目処がついたらしい。
「あ、寝子島には立ち入らないでよ。今、僕の場所なんだから。それじゃ」
　刻人はそういったきり電話を切ると、海岸方向へと坂を下り始めた。