１１月の★ハッピーバースデー｜リアクション

１１月の★ハッピーバースデー

☆２８日

　南戸河蔵人は、昨日まで２９歳だった。
「あー、30かー。20代終わりかー。オッサンに片足つっこんじゃったかなー」
　シーサイドタウンの一軒家で、今日が誕生日であることに気づき、彼はつぶやく。
　少年の心――夢と魔法、冒険と想像力を忘れない蔵人は実際はそんなに年を気にしてはいない。
（いやまあ、29が30になったからってそんなに変わるわけじゃないんだけどね。まだ２０代だ！　って主張のネタはできなくなるけど）
　ふと本棚に目を向け、自分の書いた本の背表紙を眺める。
「それにしても我ながらこの10年でいろんな物を書いてきたね。絵本から始まり、冒険小説、恋愛本に生活の知恵、日常エッセイときたもんだ」
　２０歳の頃物書きを始めた日々は、つい昨日のことのように思い出されるのに。
（そうか、もうすぐ10年かぁ……長かったような、早かったような）
　そこまで売れてるわけではないけれど、食うに困らないくらいには自分の本を読んでもらえている。
　先日は手持ちのお金がなくて２円生活をしたけれど、あれは口座にお金があるからこそできる遊びのようなものだったわけで。
　日頃は自分の作った料理や取材の外食でしっかり栄養を蓄えている。料理が美味いおかげで痩せないが、それは置いておいて。
「嬉しいね、ホント」
　この際ほかのジャンルにも手を出したいものだなぁ、と蔵人は思う。
　ワンパターンでは飽きられるし、そもそも自分自身のモチベーションが落ちてしまう。
（最初の絵本を読んでくれた子だってもう中学生とか、高校生とか。それくらいだものね。大きくなった子達にもう一度私が書いた本で出合えたら嬉しいもんだ）
「その辺の年齢を狙って何か一冊書いてみようかな……って、こういう発想がおっさん臭いのかなぁ。でも性分だしねぇ」
（パンダの耳を甘噛みする会……は、だめだな）
　先日の２円生活で出会った使いどころのないネタを思い出してしまったが、これはやめておこう。
「ま、社会派なサスペンスアクションのネタが一つあるし、それをちょっと形にできるようにしてみようかな。メモメモ」
　この業界、常に新鮮なネタが求められる。

　メモを取り終えた蔵人は時計に目をやった。
「っと、もうこんな時間か。そろそろ出かけないと」
　今日は仲間内で三十路祝いをしてもらえることになっている。
　ありがたいことだ。情に厚い性格で、老若男女問わず……訴えられるのは怖いので女性はそっちから来てほしいが、よく人に抱きつくおかげだろうか。
（それにしても、一人身も寂しくなってきたし、そういうのも考えないとなのかなぁ）
　そんなことを匂わせようものなら、仲間たちに喜んでいじられそうだが。
「ま、こういうのは縁か」
　のんびりと蔵人は立ち上がった。　

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