紫陽花屋敷の噂｜リアクション

紫陽花屋敷の噂

＊エレノア・エインズワースは己を貫く

エレノアは優雅に傘を閉じる。
雨粒が表面を伝い、玄関のポーチを暗く染めた。

おおよそ山登りには適さないであろうフリルをあしらったワンピースに身を包み、手にした鞄からは「ねこや」のお菓子がちらりとのぞいていた。

エレノアは流すような視線をポーチに向けると、自身の傘から零れたものよりも少し薄い水の跡に目を細めた。

「……お邪魔しますね」

小さな声で断りを入れ、屋敷の中に入る。

薄らと廊下に積もった埃に足跡を見つけ、物憂げな視線を投げかけると、足跡が向かった先とは逆方向に歩きはじめた。

廊下はさほど長くなく、あっさりと端にたどり着いてしまう。
大きな1枚ガラスで区切られた壁からは、外の紫陽花が綺麗に映し出されていた。
雨で曇ったガラスにそっと手を触れると、踵を返して今度は反対の突き当りへ。
同じように1枚ガラスの壁越しに、青や紫の紫陽花が見て取れた。
廊下に軋みなどの異常が見られないことを確認して、2階へ。
1階でしたように廊下に異常があるかどうかを確認すると、手近な部屋の扉を開けた。

そこは女性が日常的に使えるよう整えられた部屋だった。
ベッドには淡い色合いのシーツがひかれ、枕元に猫のぬいぐるみがひとつ置かれている。
机の上には高校の教科書が無造作に重ねられていた。

エレノアは部屋の中に一瞥をくれると、黙って扉を閉めた。

何度か扉の開け閉めを繰り返した後、エレノアは客間に置いてあった1人掛けのソファに腰を落とした。
紫陽花の咲く裏庭が見渡せ、その中でも特に赤々とした紫陽花を視界におさめることができる。
身体を包み込むような安定感のあるソファを気に入ったのか、エレノアは小さく微笑んでみせた。
そして持参した鞄からてきぱきと紅茶の用意を始めた。
小さなバスケットにクッションと共に収められていたのは、薄い陶器でできた繊細な絵柄のティーカップ。
揃えのソーサーに、金柄の小さなスプーン。陶器のティーポットに持参したお湯を注ぎ、ねこやのお菓子を丁寧に開けた。

「噂が何であれ、まずはお茶にしましょうか」

＊吉祥寺黒子は恐れない(？)

「いやいやいや、幽霊とかねぇから」

黒子はコンパクトサイズのデジタルビデオカメラを片手に構えたまま、紫陽花屋敷の前に立っていた。
しかし、いつものように自信たっぷりな仁王立ちではなく、雨粒が揺らす葉の音にも背筋をこわばらせていた。

「【VOLPE】も人が悪いぜ……俺が“幽霊じゃね？”って言ってんだから否定しとけよ……」

ぼそりと呟きながら玄関の扉を小さく開く。

「鍵、かかってねぇのかよ。不用心だな」

音をたてないように開いた扉から屋内に体を滑り込ませる。
薄暗い玄関は、吹き抜けた天井に取り付けられた窓から薄らと光がこぼれていた。

「なんだ、普通の家じゃねぇか」

持って来たライトで玄関付近を照らす。靴箱の上には青々とした紫陽花が飾られていた。
そんな些細な置物をビデオカメラで撮り終えると、黒子はふぅ、とため息をつく。

「本当に、紫陽花ばっかなんだな……他の花はなかったのかよ」

悪態をつきながら廊下に進む。

「幽霊なんていねぇんだよ。……別に、病院にいたときに見た血まみれのナースや患者がいるわけでもねぇんだから……」

きしりきしりと廊下を踏み鳴らしながら1階の部屋を順に回っていく。
2つ目の扉を開いた瞬間、暗がりの中で人影が蠢いた気がした。

「ぎゃあぁああっっ！！で、でたぁああああっ！！！」

俊敏さを駆使し、扉から除霊用の(というか強盗対策用の)カラーボールを投げつけると一目散に走りだす黒子。
最も離れた部屋に飛び込むと、中から鍵をかけてほうっとため息をついた。

「くっそ、なんだってんだよ今のは。幽霊なんてもんは存在しねぇはずだろ？」
「そうね、本来なら」
「だろ？噂になってるっつっても紫陽花が咲いてる程度のことだしよ」
「ここは時が止まっているから」
「ああ～なるほどな。時間も止まりゃ花も咲き続けるな……」

そこまで呟いて、黒子はおかしなことに気付く。

いったい自分は誰と会話をしているのか？

薄暗い部屋。
誰もいないはずの部屋。
ひとりごとだったはずの言葉。
それに返すのは……。

「こっちにもでたぁああああっ！」

カラーボールを投げつけ、かけていたはずの鍵を力任せにこじ開けると、黒子は廊下の影に消えていった。
黒子の姿が消えた後「“俺は幸運だ”からなーっ！！」と叫ぶ声が残響のように響いてきた。
ろっこん「ラクシュミーの寵愛」は果たして黒子にどんな幸運をもたらすのか……。

このページにイラストを設定する

紫陽花屋敷の噂

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧