紫陽花屋敷の噂｜リアクション

紫陽花屋敷の噂

＊猫鳴館の前夜祭

「ぬーん、今日の夕飯はカレーだよー」

ほかほかごはんに香り立つカレーを乗せて、真辺伸幸は上機嫌であった。
ごろごろとしたじゃがいもに人参、甘くとろけた玉ねぎのコントラストが素晴らしい。

「こんばんは、真辺さん。美味しそうなカレーですねぇ」

伸幸が大部屋に入ったのと同じタイミングで、加瀬礼二がひょっこりと顔を覗かした。
大部屋でおせんべいを食べながらテレビを見ていた大田原いいながそんな２人を出迎える。

「礼二殿に伸幸殿、なんじゃ、いい匂いがするのう」

おせんべいを一口で頬張ると、いいなはカレーの香りに鼻をひくつかせる。
そんないいなを見て、伸幸はふんわりと笑って見せた。

「ぬ、カレーだよー。まだまだいっぱい残ってるから食べてもいいよー」
「なぬ！？本当か伸幸殿！ありがたくお言葉に甘えるのじゃ！」

言うが早いか、いいなは台所のカレーに向けて一直線に大部屋から走り出て行った。
残された２人は適当な場所に腰を落ち着かせる。

「加瀬さんどうしたのー？今日はまだ平和だよー？」

伸幸がカレーをすくいながら礼二に声をかける。
猫鳴館では何かとにぎやかな事件が日常茶飯事だが、その日は比較的穏やかな１日だった。

「いえねぇ……ご存じないですか？紫陽花屋敷の噂」
「ぬん……紫陽花？」
「ええ、九夜山に在ると言われている年中紫陽花の咲いたお屋敷です」
「お屋敷……ぬ、それ、俺見たことある気がするねぇ」

伸幸の一言に、礼二がはっと目を見開く。

「ご存知なんですか？」
「ぬーん……でも、いきなり出てきた人影にびっくりしてー、ろっこんで帰ってきちゃったんだよねぇ」

「その話」
「詳しく聞かせてもらえんかの！」

ばーん、という効果音とともに大部屋に入ってきたのは着物姿の逆巻天野とカレーを片手にいい笑顔のいいなだった。

「おや逆巻さん……その御姿という事は下は……」
「それ以上言うな、加瀬」

眼鏡越しに視線を流し、礼二の言いかけた言葉を推し留ませる天野。
そんな天野に礼二は小さく肩をすくめてみせた。

「伸幸殿、あじさいやしき、とか言うておったのう。詳しく聞かせてもらえんかの」
「ぬ……、お山の、湖の近くにねー、綺麗なお屋敷があったんだー」

じゃがいもをスプーンの先でつつきながら伸幸は首をかしげた。

「紫陽花いっぱい……ぬん、でもいきなりはさみが」
「はさみ、ですか？」
「そうー、鈍色の、おっきなはさみー。いきなり飛んできたからびっくりしちゃって」

飛んできた、という一言に眉をひそめる一同。
伸幸自体に怪我はなかったが、噂の紫陽花屋敷は相当危ない場所なのだと認識できた。

「……実はですね、その紫陽花屋敷に知り合いが行ってしまった可能性があるんです」

礼二は先日の撮影の際に起こったことを３人に伝える。
反応はそれぞれであった。

「なるほどのう……そういった姉弟がいるかどうか、まずは調べるべきじゃな」
「結構厄介な話なんだね。もう少し詳しく屋敷について調べてみたいかもしれない」
「ぬ、だったら俺はあまくんのお手伝いしたいかなー。俺の見た屋敷が本物だったのか、知りたいし」

それぞれがそれぞれに思いを巡らせながら。
猫鳴館の夜は更けていった。

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