九夜山三夜湖から少し離れた場所にその洋館は存在した。
人々の視線から遠ざかるように、木々に隠れひっそりと。
そのすべてを知る者はいない。
誰も近寄らず、誰も帰らないから。
来るものを拒み、去る者を許さないその洋館には、1年を通してしっとりと紫陽花が咲いていた――
そんな噂が囁かれだしたのはいつのことか。
噂はやがて尾ひれがついて、人を伝って伝染する。
恐怖は、伝染するのだ。
「撮影おつかれさまでしたー」
ある麗らかな午後。
星ヶ丘の一角で雑誌のスナップ撮影が行われていた。
「ありがとうございます」
声をかけたスタッフに笑顔を返すのは読者モデルとして活動している
加瀬 礼二。
その日の分の撮影を終え、最後の写真チェックを待つため休憩スペースのテントへ向かう。
「お疲れ様、コーヒーどう?」
テントの傍でそう声をかけてきたのは、色素を落とした髪を緩く巻いた女性だった。
次の撮影モデルだろうか。きりっとした顔立ちの美人に礼二はいつものように微笑みを向ける。
「はじめまして、ですよねぇ? あなたのような美しい方なら知らないはずないんですが」
「あら、上手い事言うわね。私、彼我花 紫(ひがはな ゆかり)っていうの。ねぇあなた、この島に住んでるの?」
「俺は
加瀬 礼二です。一応高校がここなので、下宿中ですねぇ」
「じゃあ、寝子島にある“紫陽花屋敷”って知ってる?」
礼二の脳内にチャットルーム「ワースト」で囁かれていた噂が浮かぶ。
誰も寄せ付けない屋敷。しかし様子を見に行った人間は誰一人として帰ってこない。
「噂は聞いたことがありますねぇ……、確か存在自体も謎、足を踏み入れたものは戻れない、でしたっけ?」
「そう。実際あのあたりでは、登山客なんかでも毎年何人か行方不明になっているわ」
紫はそう言って自分の分のコーヒーを傾ける。
「実は私の弟、陽って言うんだけど……、あの子“紫陽花屋敷”に行くって言ったきり連絡が取れなくなっちゃって」
「行方不明、ってことですか」
「……2、3日ならまだしももう1週間以上経つの。警察には届けてるんだけど、心配で」
紫の表情はどんどん暗くなっていく。
「もし、紫陽花屋敷のことで新しい噂を聞いたら、教えてくれないかな」
「俺でよければよろこんで」
互いの連絡先を交換したところで、礼二にスタッフから声がかかる。
「今いきます」と返答して紫に向き直ると、すでに紫はその場から去ってしまっていた。
いつの間にか。
気づかぬうちに。
まるで跡形もなく消え去る煙のように。
その夜、チャットルーム「ワースト」
【VOLPE】 紫陽花屋敷の噂を聞いた後、忽然と姿を消してしまったんですよ~。
【テロ屋】 なんだお前、狐にでも抓まれたか?
【黒闇天】 おお、怖い怖い。まるで幽霊みてぇじゃねぇか。
【VOLPE】 幽霊ですか~。紫陽花屋敷の幽霊ってことですかねぇ。
【タナトス】 【VOLPE】お前疲れてんじゃねぇか?
【クラリック】 綺麗な花の下には死体が埋まっている、なんてお話もありますよね。
【テロ屋】 それ桜だろ。
【メドヴェージ】どっちにしたっていいだろう。探してみたらあるかも知れないぞ、死体。
昼間起きたことが、インターネット回線を通じて情報の海へと流れ出る。
「ワースト」から「ねこったー」へ、そこから「口承」
噂は尾ひれを纏い、真実よりも歪められ、誇張されて人々へ伝わって行く。
興味と好奇心が引き起こす流れ。
恐怖が勝つか、興味が勝つか。
「紫陽花屋敷の紫陽花の下には、行方不明者の死体が埋まっている」
さあ、麗しき紫陽花屋敷への招待状を。
時織でございます。
今回はハウスホラーテイストでお送りいたします。
事前情報<紫陽花屋敷の噂>
・九夜山には、“紫陽花屋敷”が存在している。
(天気の悪い日にしか見つからない?)
・1年を通して様々な色の紫陽花が咲いている。
・敷地近くを通ると時折人の泣き声、叫び声が聞こえたり、刃物を持った人影が見える。
・敷地内に入ると出てこれなくなるらしい?
※あくまで“噂”ですので信じるか信じないかは皆様次第。
事前情報<行方不明の姉弟>
・姉:彼我花 紫(ひがはな ゆかり)
緩く巻いた胸ぐらいの長さの茶髪。
姉さん、という印象がもてる強気な顔つき。
身長は160半ば、美乳。高校生から大学生くらい。
連絡先を交換した直後忽然と姿を消す。連絡先には繋がるが、応答はない
・弟:彼我花 陽(ひがはな よう)
寝子島にある中学に通っていた。その他情報は不明。
遭遇情報(その場に行けば必然的に手に入れることのできる情報)
・紫陽花屋敷について
洋館は2階建て。内部は埃が積もっているものの比較的綺麗です。
地下はなく、家の周りには色とりどりの紫陽花が咲いています。
その中でも一際目を引くのは、裏庭に咲く真っ赤な紫陽花。
1階にはキッチンやリビング、応接室。2階は寝室や客間がいくつか。
子供部屋のようなものも確認できます。
ひとつはバスケットボールやユニフォームが置かれた部屋。男の子の部屋のようです。
もうひとつはおしゃれな女性の部屋。高校の教科書が重なっています。
・人影について
屋敷敷地内に入ってきた人間を追う人影。
成人男性くらいの人影で、その手は「剪定ばさみ」が握られている。
下手をすると襲われて大けがをする可能性も。
(物陰に隠れてやり過ごせばしばらくの間消えてくれます。
攻撃でダメージを与えることは不可能のようです)
・裏庭では、携帯電話の電波が一切つながらない障害が起きる。
・裏庭に近づこうとすると高確率で人影が出現する。
アクションについて
・遭遇情報はその場になって初めて知りえる情報です。
行ってみなくちゃ、会ってみなくちゃわからない。
事前に知りたい方はご自身で調査なさるか、推測してください。
・回避行動を記入してください。
もし、屋敷内探索中に人影に出会ったら、あなたはどんな行動をとりますか?
くれぐれも怪我のなきように、お気を付け下さい。
・行動日は、雨です。
紫陽花屋敷に向かったと考えられる姉弟の捜索。
捜索ついでに怪奇現象の解明。
捜索ついでに探検。
紫陽花を掘り起こしてみる。
正義感を満たすもよし、好奇心を満たすもよし。
紫陽花屋敷は、あなたの来訪を心待ちにしています。