紫陽花屋敷の噂｜リアクション

紫陽花屋敷の噂

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「えーと、戦闘ムードが崩れたところで聞いて欲しいんだが、これ以上は終わりにしないか？」

煉が人影に話しかける。人影も、剪定はさみを構えはするが、攻撃をしてくる素振りはない。

「俺たちはあんたの娘さんに呼ばれてここに来た。それがどういう事か、わかるよな？」

娘、という単語に人影が反応を示す。

「もう、解放してやってやれよ。充分独占できただろう？立派な紫陽花が咲いたじゃないか。だから、もう」

そこまで言って煉は言葉を切り身構える。
人影が一歩、こちらへ踏み出してきたのだ。

戦闘は逃れられないか、と緊張が走る。

「お父さん！」

誰かが屋敷の方向から人影に向かって飛びついた。
お父さん、という言葉に一同が注目する。
剪定はさみを恐れることなく、その人物は黒い人影に真正面から抱き着いていた。

「……天馬？」

ラッセルが声を漏らす。
人影に抱き着く人物。それは天馬ひびきだった。

「お父さん、もういいでしょう？私たちはもうお父さんから離れられないんだから。
こんなにいろんな人に心配かけて、お母さんも呆れちゃうよ？」

泣きそうな声で人影に訴えるひびき。
人影は戸惑ったように剪定はさみを手から取り落とした。

「お父さん、痛かったよ？怖かったよ？でもこうなっちゃったものは仕方ないの。だからもう、どこかに行ったりしないから。一緒に、行こう？」

ひびきの言葉がかかるごとにはらはらと影がはがれていく。
まずは指先が。そして肩が。やがて体中を覆っていた黒い影が剥がれ落ち、龍八の見つけたアルバムに載っていた日向家の父親が姿を現した。

「お母さんも陽も、先に行ってる。私も絶対後で行くから。お父さんは先に行って？」
「ゆ……か、り……」

しゃがれた声が彼我花紫の名前を呼ぶ。
紫、と呼ばれたひびきはひまわりのような笑顔を見せて父親の手を握った。

「無理を言って来てもらったの。私はみんなにお礼を言わなくちゃ」
「ゆか、り……」

父親の手がひびきの髪を撫でる。

「また、あとでね。お父さん」

ひびきが手を離し、父親の姿が粒子となって空中に溶けていく。
最後にひびきから視線を離し、煉をはじめとした面々の方を見つめ小さく頭をさげると、跡形もなく消え去っていった。

＊

「おい、天馬。お前……」
「今はこの子の身体を少し借りているだけだから。安心してね」

心配そうに寄ってきたラッセルにひびき、もとい紫は小さくウィンクを投げた。

「みなさん、私の呼びかけに答えてくれてありがとう。……一番は礼二くんかな。上手く情報を流してくれたみたいで。助かったわ」
「紫さん……また、お会いできて光栄です」
「ふふっありがとう」

先ほどまで降り続いていた雨がぴたりとやみ、少しずつ光が差し込んでいた。

「雨の降る日に現れる紫陽花屋敷。これからは、紫陽花が枯れるまでいつでも来れると思うわ」

そう言って紫は背後の赤い紫陽花を見上げる。

「この紫陽花は私と、弟。それにお母さんなの。私たち自身だから、掘り起こしたりせずにそっと枯らせてほしい」
「もちろん、手出しなんてさせませんよ～」

礼二の返答に紫はにっこりと笑った。

「さて、それじゃあ私も行かなくちゃ」

ずるり、とひびきの身体から半透明の紫が現れる。
倒れかかったひびきをラッセルが受け止めた。

「おお、ナイス美乳」
「おい、下心」

欲求に忠実な会話が聞こえているのかいないのか、半透明の紫は強気な瞳をくすりと細めると、優雅に手を振った。

「元気でね」

その一言を残し、粒子となって消えていく。

やがて雨雲が去り、紫陽花屋敷に太陽の光が降り注いだ。

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