Kiss or Treat　～お菓子くれるかキスしてくれる？｜リアクション

Kiss or Treat　～お菓子くれるかキスしてくれる？

●陽気なパーンと生真面目少女の恋

「かわいいね」
「今日もお仕事？」
「一緒に遊ぼうよ」

　――この城のモンスターたちは基本的に快楽主義で、乙女たちを甘い声で誘惑する。
　けれど誰に何と声を掛けられても羽生碧南は動じない。
　やんわり微笑み首を振る。
「お仕事中ですから」
　難攻不落の碧南。
　いつしかそんなふうに揶揄されるようになったけれど、たったひとり、そんな噂を気にも留めないヤツがいる。山羊の角に山羊の足、いつもちゃらちゃら笑っているアイツ。

「チョリーッス。たまには一息入れないと息が詰まっちゃうよ？」

　チョリーッス、ってなによ。
　碧南の鉄壁の笑顔が引き攣る。
　パーンのタイヨウ。こいつだけは、いくらお断りの雰囲気を漂わせても無駄。
「あーっ、ほら。眉間にしわ！」
　能天気な笑顔で眉間に触れてくる。
（誰のせいだと思ってるのよ！）
　と胸の中で握り拳を握るけど、私はこの城のメイド、と繰り返し唱えて何とかこらえる。
「可愛いんだからたまにはおしゃれしたらいいのに。あ、俺、髪結えるよ？　結ってあげようか？」
「結構です！」
　やだもう！
　彼の前だと笑顔の仮面が剥がれちゃう。
　手を振り払い、踵を返すと、逃げるように回廊を走り抜ける。
　振り返り、追いかけて来ていないことに、ほっとする反面、
（なによ、その程度？）
　――残念に思う自分がいて、そのことにまた苛つく。
　用があろうが無かろうが、とにかくちょっかい出しに来るタイヨウ。彼のそんな態度に近ごろペースを掻き乱されっぱなしだ。明らかに自分をからかっているとしか思われないその態度にそろそろキレそう。
　あの泣き黒子。
　あれが悪いんだわ。
　つい見つめてしまうから。
（って、待って。私、彼に惹かれてる？　……ちょ、ちょっと！　冗談じゃない、何であんなチャラ男なモンスターなんかに惹かれるのよ、どうかしてるわ！）

　でも。
　胸を押さえるように両手を重ねる。鼓動、跳ねてる。
（心の中で湧きあがるこの感情は……）
　名前をつけるとしたらただ一つ、「恋」としかいいようのないそれ。
（やめてよ。ほんとイラつくやつなのよ。なのに、どうしてもあのチャラモンスターのことが……）
　好き、なんて言葉は胸の中でも言いたくない。
　
　けれどその後も、会うたびごとに背反する感情に揺さぶられる。
　彼のことでいっぱいになる。
　朝も夜も、あの泣き黒子ことを考えている。
　そうこうするうち、ハロウィンの夜を迎え――。

◇

　彼は薔薇庭園の東屋で、月の光を浴びながら抱いた竪琴をつま弾いていた。
　ふだんの陽気さは鳴りを潜め、どこか虚ろな瞳で夜空を見上げている。
　声を掛けるのを躊躇っていた碧南だったけれど、タイヨウの方が気配に気づいた。
「碧南チャン？　どうしたのさ？」
　彼はもう、いつもの軽い笑顔。けれど碧南は笑顔になれない。
「……知ってると思うけど、私は冗談なんて通じないし、冗談を言うキャラでもないわ。だから……」
　緊張で喉が鳴る。けれどこれ以上自分の気持ちを誤魔化せないから。
「本気で聞くわ。Kiss or Treat？」
「碧南チャン……」
　太陽の指が頬に触れる。
　いつもなら振り払うそれを、碧南はそのままにさせておく。
　だって鼓動の音が大きすぎて動けない。
　それでも視線だけは、太陽の瞳から逸らさずに、答えを待つ。
「俺は、さ。冗談言うキャラだしさ。冗談好きだよ。女の子をからかうのも。
　……でも、こんな本気になるなんて、思わなかったんだ。
　君のこと。
　自分でも信じられないくらい好きになっちゃったんだ。だから……」

　引き寄せられる。
　思いのほか力強く。
　碧南はもう逆らわなかった。
　
　瞳を閉じる。
　触れるくちびる。
　答えは、キス――……。

＜ＨＡＰＰＹ　ＥＮＤ＞

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