人形の日｜リアクション

人形の日

3、境界霊

　旧市街の古い屋敷。
　そこは現在のところ、晴海飛鳥の住み家であった。

　僕はその時、縁側でちょっとウトウトしかけていた。
　ハッと目が覚めたのは、通りの方からドンチャカにぎやかな音が聞こえてきたから。
「やれやれ。今日は思いのほかのんびりしちゃったから、そろそろ夜に備えないと……ん？」
　何やら部屋の様子がおかしいぞ？
　僕は何かの気配を察知する。
　引き寄せられるように、部屋の襖を開けた。
　日本家屋特有の、薄暗い部屋の中。水を湛えたような静けさが、僕の身体を包む。
　いつも通り、祭壇には僕が可愛がってる日本人形が祀られていた。
「顔がかわいいから、ばあばにせがんで貰ったんだよねー」
　あんまりかわいがりすぎて、魂宿っちゃったけど。
　僕のばあばは、生きてた頃拝み屋だった。
　この年季の入った屋敷も元は、ばあばが住んでいたんだ。
　人形も、屋敷も、元々ばあばのもの。
　言ってみれば、この家では僕は“よそもの”だ。
　……悪い気分ではないよ、常に異邦人のような気持ちでいられるというのは。
　気楽だし、どんな出来事も新鮮に感じられるからね。
「しかし、何も変化ないなぁ」
　妙な気配がしたと思ったんだけど……ん？
「なーんか声が聞こえるなぁ」
　僕は、知らず自分の頬が緩むのを感じた。
　誰か他人がこの場にいれば、こんな薄気味悪い状況でニヤニヤしてる僕のことをおかしいと思うかもしれない。
　いいさ、変人だと思われるのは慣れてるんだ。
「おかしいぞ、こないだクーラーに吸い込まれて出てきた妙な奴は、ちゃんと外に出てもらったはずなのになぁ……。あ、もしやプリン忘れたから、またあの子が怒ってるのかな？」
『あそんでー』
　んん？　やはり人形か？
　明かり採りの障子から光が差し込み、ぼんやりと人形の姿が浮かび上がる。
　透き通るような白。美しいかんばせ。
『ひまー』
　人形なのは間違いなさそうだが……どうも変だな。何かおかしい気がする。
「何して遊ぶ？」
　まあいい。“何かおかしい”のも慣れっこ。望むところだ。
『お洒落したーい』
「はっはっは、我侭なやつめ」
　服ならこないだも作ってあげたばかりだというに。
「よし、待ってなさい。今日は髪留めも作ってやろう」
『わーい』
　なに？　プリンよりもおしゃれだと？
　はっはっは、こいつめ。比較の対象がおかしいぞ？
　………………。

「ということが今日の昼あったわけだけどね」　
　日も落ち、だいぶ肌寒くなった頃。
　僕はあらためて、人形と意思の疎通を図っていた。
　……。
　何？　記憶がない？
「僕も様子がおかしいとは思ってたんだけど」　
　プリン忘れたのに、“プリンよりおしゃれー”だなんて。
「まぁ、今日はお詫び代わりに高いプリン買ってきたから、置いといてあげるね」
「わーい」
　なかなか面白かった。どこかの悪戯もののもれいびの仕業かな？　いい趣味してるよ。
　それにしても、やはりろっこんというのは面白い物だ。

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