冷たい秋の夜風に首筋を撫でられ、
日向 透は髪と同じ蒲公英色した眉を不機嫌に寄せた。首元を覆うマフラーの位置を整え、白い頬を上げる。いつも通りの夜空にいつも通りに白く浮かぶ月を見上げ、吐き出す息の温かさに深碧の瞳を僅かに緩める。
狭い路地を頼りなく照らす街灯の光の向こう、アスファルトの地面に丸い輪を描く提灯の赤い光。道へと向けた換気扇の吹き出し口から流れ出る、焼き鳥の煙。
僅かに海のにおいのする風が押し寄せる。コートの裾を大きく揺らして夜空へ逃げていく。
(寒くなる)
嫌悪に歪む唇をマフラーに埋め、帰路辿ろうとした靴先を赤提灯の光に向ける。カラリ、馴染みの居酒屋の引き戸を開く。
焼き鳥のにおいと共、店の奥に置かれたテレビからの雑音が外に溢れ出る。
「はい、いらっしゃいませー」
「今晩は。今日も冷えますね」
不機嫌に歪んでいたはずの頬は、店に入った瞬間、朗らかな笑顔に切り替わる。
マフラーとコートを壁のハンガーに掛け、カウンターしかない席の端に着く。
「熱燗といつもので」
「はい、ありがとうございます」
熊じみた風貌の店員がいつも通りのごつい笑みを浮かべて、
『突然ですが中継です』
テレビに流れた緊急速報の耳障りな音に不思議そうな目を向けた。
「何でしょう」
「さあ、……台風とかでしょうか」
のんきな声で応じる店員の視線を追うて、透がテレビ画面に見たのは、海の向こうの大国の大統領の痛切極まる顔。
『あと数時間で、世界は滅びます』
テレビの向こうの大統領は、様々に入り混じる感情を制御出来ず、むしろ無表情に近く、繰り返します、と続ける。
『本日、世界が終わります』
面白くもない冗談に黙り込む透の前、性質の悪い番組だと判断した店員が苦笑いしつつ熱いおしぼりと鯵の南蛮漬けをコトリ、
「逃げるわよ!」
置こうとして、店の奥から飛び出して来た女将に体当たりをされた。不意打ちをくらった店員の手から小鉢が落ちる。
「うわ、すみません」
「いいから早く!」
うろたえる店員の手を構わず引き、いつものおっとりとした表情を一変させた女将が金切り声で叫ぶ。きょとんとする店員の手を女将は投げ捨てる。唯一人どうにかして助かるべく店の戸を引き開け、店の外へと飛び出して、
瞬間、小柄な女将の身体がナニカに払い除けられた。悲鳴にもならない悲鳴は、柔らかいものが潰れる音と同時に途切れる。
「女将? ……母さん?」
女将を追いかけて外に出た店員の大きな身体が、同じようにナニカの顎に齧られ、横攫いに消える。
ぬめる鱗と刃の爪と、ひと一人呑み込む巨大な顎と皮膜の翼を持つナニカを、透は見開いた瞳に確かに見た。
「……」
店内に一人残され、立ち上がる。
店の外、ナニカが咀嚼する音が聞こえる。血臭と同時、誰かが咀嚼される音が聞こえる。
いつも通りの静かな宵闇が包まれていたはずの戸外には、戸口を汚す夥しい鮮血よりも赤く朱く紅い、光。
地面がひび割れ、熱孕んだ黒煙が噴き出す。紅の空から血色の雨が降る。猛り狂うナニカの群の雄叫びが、誰かの断末魔が、外一杯に響き渡る。
みしみしと店が軋む。まるで切り取られて見える戸の向こう、タイヤを軋ませ車が駆ける。叫び声に似たクラクションが深夜に響き渡り、重い衝撃音が空気を震わせる。
尋常でない紅に染まる世界で、終焉の世界で、
――ふと。
透は、深淵の闇にも似た笑みを零す。
今日は。阿瀬 春と申します。
今回は、終末な世界をお届けにあがりました。
ガイドには日向 透さんにご登場頂きました。
ありがとうございます。
ガイドはサンプルのようなものですので、もしもご参加頂けます場合は、ご自由にアクションをかけてください。
いつも通りの、いつも通りな夜に、世界が終わります。
何の前兆もなく。それはもう突然に突拍子もなく。
地面が割れて有害な霧が噴出します。空から海から地底から、荒れ狂う魔物が湧いて出ます。竜とか魔獣とか鬼人とか魔人とか。人の大きさくらいの大蟻とか家屋ほどの大百足とか。なんかこう、なんだかもうな世界の終わりです。人類全滅の勢いです。誰も彼も不合理で不条理に死にます。ヒーローなんか現れません。
終わる世界で、あなたはどう生きようとしますか。
誰かを助けようとしますか。
誰かを押し退けてどこかに逃げようとしますか。
叩き付けられる死を静かに受け入れますか。
徹底的に抗いますか。
どう、死にますか。
あ。それから、ふたつだけ。
らっかみ!は全年齢対象です。
あんまり酷い残虐場面はごっそり削ったり力いっぱいモザイクかけたりします。ご注意ください。
NPCの登場はありません。店員と女将も冒頭で死んじゃったので。
ご参加、正座してお待ちしております。
※ちなみに夢オチです。題名は『終焉狂想曲 NO.37564』と迷いました。