声のない世界で｜リアクション

声のない世界で

◆
放課後、タカシは一度まっすぐ家へ帰って、それから趣味の猫の写真を取りに出かけた。
別に何処へ撮りに、と目的地があるわけではない。
街を適当にぶらぶらしながら、猫が居れば写真を撮る。そんな感じだ。
そうして何十枚めかの写真を撮り終えた頃、気付いたら公園へ辿り着いていた。
歩きっぱなしでちょっと足が疲れたような気もするし、少しベンチで休んでいくことにした。
今日撮った写真を眺めながらぼーっとしていると、天気の良さもあってかだんだんと眠くなってくる。
うつらうつらを繰り返し、
かくん、と。タカシは居眠りを始めるのだった。
結局、声が出なくなっていることには最後まで気付かないまま。

◆
声が出なくなった。
なんだかよくわからないけど、とにかく声が出なくなったのである。
普通、こういう時は筆談をするものである。それか携帯で文字打つとか。
しかし、山桜桃小鳥の場合は違った。
なんと、練習もかねてフルートでの意思疎通をはかろうとしたのだ！
きっとフルートの音色で語りかけることだってできるはず！
とか言ってたらちょうどいいところに人が！
早速フルートで、
ぷえ～～～♪
面白いくらい調子っぱずれな音が出た。
はためにも明らかなくらい、外している。
（……あ、あれ？）
なんだか、その今日は、ええっと。
ちょっと……いや、とっても？
調子が悪いみたい、だ。
いやでもなんか反応してくれてるし！
だからきっと失敗じゃない、これがボクなりの意思疎通なんだ！　……多分。
と言い聞かせながらもう一回吹いて、
また音を外した。
相手の人が、こらえきれなくなったように笑いだした。
……だけど、あれ？
笑い声が聴こえない？

◆
唐突に目の前で吹かれた音を外したフルートに、晴海飛鳥は悪いと思いながらも笑いをこらえられなかった。
まあ、声が出なくなっているのでサイレントな笑いなのだけれど。
それが落ち着いたタイミングで、本来の目的を思い出す。
そう、このフルート女子――小鳥からなんかコミュニケーションに困ってるっぽい――すなわち自分と同じ『声が出ない』状態――雰囲気を感じ取り、からメモ用紙と紙を貸そうとしていたのだった。
『これ使っていいよ！』
ろっこん『ソリッドボイス』。声をそっくりそのまま言葉の形をしたブロックにして、小鳥から見えるように飛ばす。
音として出せなくても、これなら問題ない。
こんなときのために、これまでろっこんのコントロールを鍛えていたのだ。
これぞファンタスティックコミュニケーション！
当たると痛いからって今まで戦いでよく使ってたけど、たまにはこういうのもいいよね！
小鳥は、すっかり驚いた様子でぱちくりと言葉のブロックを見つめていたが、
『大丈夫ー？』
もっかい『ソリッドボイス』をするとハッと我に返った。
返事代わりにフルートを一吹きしてから一度しまって、彼女がメモ用紙とペンを受け取る。
それを確認してから、今度はタブレット端末に入力していた文字を見せた。
『ところで、一つインタビューしてもいいかい？』
小鳥はすこしだけきょとんとした後、こくこくと頷いた。
『ボクに答えられることなら』
タブレットの画面をスライド。
『ありがとう。じゃあ早速だけど、声が出なくなった感想は！？』
ちょっと考えてから、小鳥はさっき渡したメモ用紙につらつらとペンを走らせる。
やがて見せてもらったメモ用紙には、結構がっつりと答えが書き込まれていた。
『大変は大変なんだけど、言葉が無くても楽しくなれたりするんですね。言葉と同じくらい表情は大切ってことがわかって、とっても勉強になりました！！』

◆
メモ用紙にはそれだけしか書かなかったけど、小鳥には他にもわかったことがある。
フルートも、まだまだ練習が必要だってことが。
お菓子みたいに、甘くて素敵――そんな演奏への道は、険しく遠い。

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