声のない世界で｜リアクション

声のない世界で

◆
お昼である。
お昼が来ればお昼ご飯を食べる。
学生とはそういうものだ。

その日も、雨寺凛は平穏無事に美味しいお昼ご飯を食べ終えた。
いつも通り、至っていつも通りの光景である。
「　　　　　」
お昼ごはん美味しかったー、と口にしようとしたその時までは。
あれ――と。言葉にしようとした驚きも声にならなくて、なおのこと驚く。
周りの皆は、いつも通りおしゃべりしているのに。
流石に困った。
喋れないし、何よりこれじゃあ歌うこともできないし。
むむ、と凛の眉間にシワが寄る。

◆
ご飯を食べたら、言わなければならないことがある。
そう、「ごちそうさま」である。
であるからして、お昼ご飯を終えた冬月詩歌がそれを言おうとしたのは当然のことだ。
「　　　　　」
そして、何故かその声が出なくてドキッとするのも、また当然。
「　　　　　」
「　　　　　」
ぱくぱくと何度も繰り返すけれど、一向に自分の声が聴こえてない。
しかも周りは普通にしゃべっているから、そりゃあもうテンパる。
なんでだろう、どうしよう。
気の毒なくらいオロオロとしていると、

『これ飲んで落ち着け』

添え書きと共に、紙コップに入った湯気の立つお茶が差し出された。
差し出し主を見上げれば、旅鴉月詠であった。
とりあえずお礼代わりに何度も頷いて茶を受け取る。
おずおずと一口飲むと、ほどよいバランスの渋みと甘みがオロオロをすうっと溶かしていってくれた。

『君もとりあえず飲むでごわす』
やたら野太いペンで書かれた言葉と共に、月詠は凛にもお茶を差し出す。
突然の九州男児めいた口調に変な顔をしたのも束の間、
『ありがと』
携帯のメール画面で礼を言って、凛もそのお茶を受け取る。
さて、と。
お茶を飲んで少々落ち着いたところで、月詠がスケッチブックのとあるページを開いてみせた。
似顔絵である。いや、むしろ人相書きと言うべきか。
劇画調のやたら濃いタッチで描かれたテオの絵が、そこには描かれていた。
『容疑者』、と下に添え書きがある。
きょとんと小首を傾げる詩歌に、なんだか納得いった風な顔をする凛であった。

◆
とはいえ容疑者がわかったところで、まだ学校である。
学校ほっぽり出して探しに行くわけにもいかない。
そして、刻一刻と午後の授業の時間は迫り来る。
月詠とお茶のおかげでなんとか落ち着きは取り戻したものの、声は結局出ないままだし。
どうすればいいか思いつかなくて、いつも持ち歩いているお友達のシロとクロを机の上に並べた。
そしてろっこん『人形たちの行進』を発動しようと手を挙げて、
――あ。
はたと気付いた。
彼女のろっこんの発動条件は、「手を挙げて『人形さん、整列』と言うこと」。
しかし今は、声が出ない。
そう、「人形さん、整列」ということができないのだ。
つまりろっこんは発動できなくて、シロとクロは動かないまま。
どうしたらいいだろう――と考えて、詩歌の目に留まったのは再び月詠。
妙なジェスチャーで周りとやり取りしていた。
元より魔女を自称する変人の類である彼女のこと、周囲はあんまり気にしてなさそうだ。
それはそれとして。
月詠の様子を見て、ジェスチャーという手があった――と詩歌は小さく手を打った。
声が出なくなった理由は結局よくわからないので。
『お昼ごはんの時、熱々のお茶を冷まさずに飲んでしまって喉をやけどしてしまった』
ということにして乗り切ろう。
ちょうどさっきお茶飲んでたし、わりとそれらしい言い訳じゃないだろうか。
胸の前で、小さな両手をグッと可愛らしく握る。
（声が出るようになるまで頑張ろう、おー）
意気込みと一緒に、小さく拳を上に突き出すのだった。

このページにイラストを設定する