ある恋心をもう一度｜リアクション

ある恋心をもう一度

　城山水樹は大学へ向かう電車の中で、誰かと目が合った。相手は見知らぬ人、その時間はたった一瞬だけ。
　不思議なことに、そのとき、ある記憶が思い出された。記憶というよりも、恋心が正しい。
　現在水樹に好きな人はいない。恋心は恋心でも、昔の恋心だ。

　あれは水樹が14歳のとき……中学２年の1学期のこと。初恋の相手は、同じクラスのやや大人びた感じの男の子。席が隣り合っていたのを覚えている。
　最初は意識なんてしなかった。あの頃、水樹はバスケット部に所属していて、部活動のほうに夢中だったからだ。
　きっかけは、理科の授業だった。実験で一緒の班になったときだ。実験器具の組み立てが上手くいかなくて、水樹は危うくそれを倒しそうになった。
　それを支えてくれたのが……彼だった。
　そのときに互いの手が触れて……胸がキュンとした。あのくすぐったくなるような、微熱のようなもどかしい、そんな言葉にならないような……。
　今の自分なら、それはハッキリと恋だと言える、そんな幼い感情が芽生えたのを覚えている。

　それからお互いに急速に惹かれて、互いに不器用に接して。
　ファーストキスは夏休みの登校日に、学校の屋上で。
　初恋は中学卒業まで続いた。中学卒業後、彼は親の仕事の都合で寝子島を去った。

　それが、初恋の終わり。

　たまたま、目が合ったのは見知らぬ誰か。思い出されたのは、とある記憶。
「いいだろ兄貴、真央がここまで言ってんだから、うちに置いとけば。なぁ親父？」
　最初に言ってくれたのは叔父貴だった。
「……うちの仕事をするのが条件だ。わかったな、真央」
　真央の父の反論を封じて、最終決定をしたのはおじぃ。

　後木真央は、父親の転勤に合わせて転校するのが嫌だった。長くいられても1年。短ければたった半年間。
　だから、子ども用リュックサックに着替えと地図、それからお金を詰め込んだ。置手紙を残して、向かった先はおじぃの家。あのときは県内だったから、親が真央の家出に気付く前に、おじぃの家に着いた。おばぁが電話をして、すぐにパパもママもおじぃの家に来た。
　けれど、真央の心は決まっていた。
「絶対行かない！　もう転校したくない！　真央はおじぃのうちの子になる！」
　おじぃとおばぁは、真央の言葉を黙って聞いていた。真央の服を掴んで、引きずって帰ろうとしたパパを止めたのは……叔父貴だった。
　真央は叔父貴と隣の部屋へ移った。その場には、怒ったパパと冷静なおじぃ。何も言わないおばぁと、おろおろするママが残った。

「俺も親父には良く逆らったからなぁ。真央はそれがちょっと早かったな。居ればいいさ。お前の親は兄貴たちだ……それさえ忘れなきゃ何とかなるさ」
　隣の部屋で、真央は叔父貴に頭を撫でられた。笑いながら発せられる言葉に、思わず涙腺が緩みそうになる。
「うん……」
　こくり、と真央は頷いた。

　それから５年。おじぃの家で過ごした。

「初恋、３軒先の美猫さまじゃなかったのだ……」
　真央は、眠りから覚めたときのように目を擦りつつ、ぽつりと呟いた。
　あのとき。
　叔父貴が助けてくれたとき。叔父貴が笑いながら頭を撫でてくれたとき。
　本当に困ったとき、手を差し伸べられる人間になりたいと、確かに思ったのだ。
　その思いは今も変わらない。そうなりたいと思い、憧れる。そうありたいと思い、行動する。それが今の真央である。

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