風紀桃色プールサイド｜リアクション

風紀桃色プールサイド

　そのころ、女子更衣室では。
「それにしても、開放初日にちゃんと晴れてよかったですね、あおいちゃん」
「そうだね、これで雨だったら最悪だったよー」
　一緒にプールに来た七夜あおいと綾辻綾花が、持ってきた水着に着替えながら仲良く話していた。
　二人の他にも、女子更衣室はほぼ満室と言えるくらいに人であふれている。あおいは周囲を見回して、綾花を見て、思わず嘆息をもらした。
「どうしたんですか、あおいちゃん？」
「うん……なんか、格差を感じて」
「格差？」
「胸のことだよ。綾花ちゃんといい他の人といい、何を食べて何をしたらそんなに大きくなるのかな、って」
　あおいの言葉を聞いた数人が、はっとして胸を隠すのが見える。もちろん綾花もその一人で、服を脱ぎかけた状態で顔を赤くし、慌てて胸を隠した。
「なな、何を言って……」
「それ、何カップなの？　すごいどっしりしてるし、それでいて柔らかそうだし、ちょっと触らせてよ」
　じりじりと距離を詰めてくるあおいに、綾花が思わず逃げ出した。
「む、胸の話はもういいでしょう！　はやく着替えますよ！」
　そう言って更衣室の隅に行って、綾花は壁に背を向けてさっさと着替えようと服を脱いで、大きな胸を包み込むように水着を身につけた。

　途端。

「えっ……！？」
　綾花は背中とお尻、膝裏、足など、身体の全体に突き刺さるような視線を感じた。
　慌てて振り返るも、更衣室の中に綾花を見ている女子はいなかった。それどころか、その女子たちも何かに怯えるような、困惑の眼差しを更衣室の「外」に向けていた。
　それだけではない。振り返ったことによって、今度は胸やお腹にも、どろりとした気色悪い視線が絡みついてきた。
「ひっ！」
　あまりのおぞましさに綾花がしゃがむと、強烈な視線は突如にしてかき消され、元の穏やかな空気に戻った。それどころか、今ではこれ以上ないような頼もしさを、扉の向こうに感じる。
「あ、あおいちゃん……今のって」
「綾花ちゃんも、気付いた？　今の嫌な感じ……」
　とっくに気配は消えているが、二人を含む女子更衣室の女子たちは、プールに行くのを少しためらった。が、いつまでもここにいるわけにもいかない。
　意を決した豊満な羊達は、特に示し合わせたわけでもなく、お互いの着替えを待って更衣室の扉に手をかけた。

「……来たか、ＰＥＣ」
　更衣室の担当になった咲は愛用の竹刀を片手に、女子更衣室へと急いだ。
　たった今プールの敷地内に入ってきた数人によって、プールの空気が一気に変わり、絡みつくような目線が女子更衣室へと注がれるのがわかる。これでは女子たちが安心して着替えることができないだろう。
　咲は竹刀を握りしめ、女子更衣室の前に仁王のように立ちふさがった。水の中にも入れるようにと水着に着替えたため、視線が更衣室の中から自分の体に移るのがわかる。
　視線の先を睨みつけると、その先から一人の男が歩み寄ってきた。
「……横嶋、下心」
　咲は聞こえない程度の声でその名前を口にした。桃色破廉恥小隊、通称ＰＥＣ。その隊長、横嶋下心の名を。
　下心は咲の前で立ち止まると、ふかぶかとお辞儀をした。
「こんにちは、矢萩先輩。桃色破廉恥小隊隊長の、横嶋です」
「……わざわざ真正面から挨拶しに来るなんて、意外ね。てっきり顔を隠したりするのかと思ったけど」
「俺は変態である以上に、紳士でもあるんです。なので正々堂々と宣戦布告文を送り、こうして挨拶にやってきました」
「いい度胸ね。少しでも女の子に触ろうとしたり、指一本でも触ったら容赦なく取り締まるから、覚悟しておきなさい」
　下心は「本望です」と爽やかに笑うと、「では、またあとで」と男子更衣室の中に消えていった。

このページにイラストを設定する