月夜に届く笑い声｜リアクション

月夜に届く笑い声

　鈴木修一郎の身長は高い部類に入る。ナチュラルに流したオールバックに怖さはあまり感じられない。細い楕円のフレームの眼鏡は若干の賢さを傍目に印象付けた。制服姿は塾からの帰りで説明が付く。
　ここまでは普通の範疇の高校生と言えるだろう。しかし、道を行き交う人々の目は違っていた。軽い驚きと共に目を逸らす。
　修一郎は両腕にクマとイルカの縫いぐるみを抱えて、靴音を高らかに寝子ヶ浜海岸へと向かった。
　海岸に続く歩道に体操服を着た女の子が足を抱えて座っていた。一目で半透明とわかる状態にあった。
　目にした修一郎は足を速めた。
「そこの子供よ。どうしたと言うのだ。遠慮はいらぬ。この私に話してみるがいい」
　顔を上げた女の子は驚いた様子で立ち上がる。暗かった表情は一転した。
「お兄ちゃん、そのぬいぐるみかわいいね」
「我が友のことか。気に入ったのならば、海岸まで付いてくるがいい」
　修一郎は女の子と連れ立って海岸に到着した。待ち構えていたかのように数人の子供が駆け寄ってきた。視線は縫いぐるみに集まった。
「ぬいぐるみで遊ぶの？」
　別の女の子が修一郎に聞いてきた。
「確かに我が友と海岸に遊びに来たのだが、人形劇とは違うぞ」
「どうやって遊ぶのかな」
　野球帽を被った男の子が不思議そうに縫いぐるみを見つめた。修一郎は声を上げて笑った。
「遊ぶ前に我が友を紹介しよう。クマのマリアンヌだ」
　修一郎はクマの縫いぐるみを砂浜に座らせた。子供は顔を近づけて全身に目をやる。指先で突いたりした。
「これ、ただのぬいぐるみだよね」
「心のある我が友だ。見ているがいい」
　修一郎はクマの頭を撫でた。時間にして十秒が経過した。
「マリアンヌ、今日はこの子供たちも一緒に遊ぶのだ」
　クマは立ち上がった。ぴょんと跳ねて手を上げた。
「なんで、動くの？」
「手品みたい！」
　驚きの声を上げる子供達に修一郎は笑いが止まらなくなった。気分の良い中、イルカの頭を撫でた。
「イルカの蘇我だ。陸上がやや苦手なので労わってやるのだぞ」
「ぼくはクマとかけっこする」
「わたしはイルカさんに乗りたい」
　子供達の声を聞いてクマは砂浜を元気に走り出した。待てー、と子供達が後を追い掛ける。クマが転べば、喜んで子供達も砂浜を転がった。
「怪我はないか。傷を負った時は私にいうのだぞ」
　子供達は、はーい、と朗らかに手を上げた。
　イルカには女の子が跨った。その状態で尾ひれを動かした。
「蘇我にはその重さは酷だ。まともに動けないのではないか」
　修一郎の言葉を覆してイルカは女の子を乗せたまま、尾ひれを駆使して砂の海を前進した。
「お兄ちゃん、だいじょうぶだよ。ほら、片足で乗ることもできるんだよ」
　女の子はイルカの背中に片足で立った。
「蘇我、いつの間にそのような力を付けたのだ。子供よ。私にも試させてくれないか」
「うん、いいよ」
　修一郎はイルカの背中に片足を軽く乗せる。一気に全体重を掛けた。
「だ、大丈夫か、蘇我！」
　イルカは仰け反る姿で砂にめり込んだ。修一郎は慌てて抱き起す。怒りの尾ひれが頬を強かに打った。
「このように我が友には心があるのだ。扱いには気を付けるのだぞ」
　斜めになった眼鏡の修一郎に子供達は笑いながら頷いた。