仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

「あの……私たちは、今のうちにちぎりさんにお話を聞きませんか……？」
「そうしましょう。逆巻さんが完成させたら、すぐに取り掛かれるように」
御巫時子の提案に氷雨潤一はうなずく。日月透が二人を席に招いた。
「思ったより早く目が開きました。お願いします」
時子と潤一は並んで席に座る。目の前には、横たわったまま薄目を開けたちぎりがいた。霧切翠子も駆け寄りその場に加わる。
「私もいい？　ちーちゃんの言葉を聞いてみたいの」
「もちろんです。それでは、御巫さん。お願いします」
御剣刀と、この場に同席していた弘明寺能美子、桜庭円も見守る。刀はそばの背の高い少女をちらと見やった。今日の能美子は、刀にとっては意外なことだらけだった。とげのあるあいさつもして来なかったし、ちぎり会議に自ら参加した。さらに自ら、協力できることがあったらしたいと申し出たのだ。
（いい奴……なんだよな。今日の行動を見ていればわかるよ）
言えばきっと、また怒らせてしまうから言わない。刀は視線を前に戻し、ことの行く末を見守る。

「ちぎりさん、時子です……。よろしくお願いしますね……」
「何度もお会いしていますね。氷雨です」
やっと身を起こし、ちぎりは時子と潤一、そして周りを取り巻くもれいびたちを見つめる。時子が『わかった』と言っています、とちぎりの言葉を代弁した。ちぎりの答え一つ一つが、鳥の心を知る二人によって周りの者に伝えられる。

時子が『鳥の囀り』でちぎりに問う。
「ちぎりさんは、山に帰りたいですか、誰かと暮らしたいですか……？」
（おうちにかえりたい。おうちはもり）
あきらめに近い悲しみ。氷雨潤一には、街のカラスに頭をつつかれ、いじめられた思い出が見える。
「どうして死にかけたのか、聞いてもらえるかしら」
弘明寺能美子の疑問は、みんなの疑問でもあった。時子は問い、潤一は心の色を視る。
（おちた。おうちから）
今より小さなちぎりが、泥だらけになって地面でのたうつ像が浮かんだ。
「やっぱり……」
「弘明寺さんの質問は的確でしたね。家族との別れの記憶と結びついています」
「そう。私、見たの。山で壊れたカラスの巣に触れて……一匹だけ雛が生き残って」
返事の代わりに、みんなからため息が漏れる。

時子の問いに、幼いカラスは幼い言葉で答えた。羽が重いのが不自由なこと。世話をしてくれる人間たちが好きなこと。楽しい思いもしていること。ところが、次の質問にちぎりは予想外の答えを返した。
「早く飛べるようになりたいですか……？」
（もういい）
潤一の顔が瞬時、険しくなった。この『もういい』には恐ろしい意味が含まれているのを知る。あきらめ、絶望、そして――生の放棄。
（もうとべなくて、いい）
「だめです！」
立ち上がり、小さな鳥を抱き上げていた。椅子と杖がけたたましい音を立てて倒れる。誰もが音に驚き、いっせいに潤一の方を見た。陣を描いていた最中の逆巻天野さえも。幼鳥の青い目を正面から見つめる潤一の目は悲しげで、そして――怒っていた。
「それだけはだめです。あきらめては……」
自分を、ここにいる人たちを、会議に出席した人たちを。思い出してください。
こんなにも、あなたのために一生懸命になっている皆の気持ちがわからないのですか？
人間の言葉がすべて通じるなどとは思えない。それでも潤一は、ちぎりに言わずにはいられなかった。叱らずにはいられなかったのだ。
「自分が、みんなが……許しません！」
「ちぎりちゃん……？　そんな、こと、考えてるの？」
女生徒たちの顔が青ざめる。
「カラスの知能は予想以上ってことだろう。野生の掟に従って自分を淘汰しようというのかもな」
離れて見ていたはずの邪衣士がやって来ていた。ちぎりを指差しながら言う。
そんな風景を窓の外から見ているものがいることには、まだ誰も気づいてはいない。
「陣ができたよ」