【お花見】桜の下で待ち合わせ｜リアクション

【お花見】桜の下で待ち合わせ

　去年のこの時期は、どうしていただろう。
　ふと思って、青山絢はファインダーを覗き込む黒い瞳を瞬かせた。一年前の今頃、絢は寝子島に渡って来ている。この島のあちこちを彩る満開の桜を目にしているはずなのに、けれど記憶を探しても満開の桜は見つけられなかった。
　木々の間に見える三夜湖に煌く月の光に黒い瞳を繰り返し瞬かせ、もう一度手にしたデジタルカメラを持ち上げる。

(私は、……)
　私は、東京から来た『よそ者』だから。
　寝子島に来てこの方、幾度となく胸を詰まらせた言葉を繰り返す。九夜山の天辺にある三夜湖についても、何か伝説があるようなことは耳にしていたけれど、よくある伝説だと受け止めてそれきり忘れていた。
　水面に浮かんで揺れる幾千の桜の花びらを写す。
　天空の月の色を纏って夜風に揺れる桜の梢をファインダーの中に閉じ込める。気付けば散り果ててしまう花の色を時の流れの中から切り取り、一瞬の美しさを永遠に静止させる。
　蒼い月夜に浮かび上がる白い桜の花を、白い花びらを数多咲かせるその下で黒々とした闇のような木肌に精気を滾らせる花樹を、心向くままに撮る。
　次々に写真を撮りながら、絢の心は晴れない。カメラを手にして写真を撮れば撮るほど、心を暗雲が占めてゆく。
(あんなことがあったのに)
　この島を訪れたのは、三年前に母が鬼籍に入った直後にカメラマンである父がアシスタントの女性と再婚したことに端を発する。
　母が没するまでは、父の影響を強く受けていた。父の買ってくれたカメラをどこに行くにも携帯し、たくさんたくさん写真を撮った。父と同じ写真家になるのだとも少なからず思っていた。
(それなのに)
　母が居なくなった途端、母が居たはずの場所にあのひとが当然のように立った。父も、母に向けていたカメラを当然のようにあのひとに向けた。
　そんなこともあって一度は捨てたはずのカメラを、絢はそれでも今も時折手にしてしまう。癒せぬ宿痾の如く、気づけば何かを映している。
　月光が強くなる。夜桜撮影を行うべく、デジカメの設定を変更しようとカメラに視線を落としかけて、
「……な」
　気づいた。湖の上、眠る白い猫にも似た城が巨大な桜の樹を背に浮かび上がっている。
「一体、……どういうことなの……？」
　夢のような光景に、恐れることも忘れた。三夜湖を巡る道を外れ、桜の下をくぐって草と石だらけの湖畔に出る。思いがけず眩しい月の光に目をしかめ、しかめた視界に湖を渡ってくる小舟を見た。
「お乗りよ」
　朗らかな声を掛けてきたのは、笠を被った女船頭。誘いを断る言葉も浮かばず、絢はこくり、こどものように頷いた。
「あんたらも」
　女船頭に声をかけられ、がさりと背後の茂みが揺れる。出てきたのは、青い髪の少女ともうひとり、狐色の紙をポニーテールにした少女。
「いいの？」
　缶ビールのたくさん入った袋を提げた、どうやら夜桜見物らしいふたりは明るい笑顔を見せた。迷うことなく、身軽な動作で舟に乗り込む。
　揺れる舟に楽し気な声をあげながらも、星幽塔から来たアリス・ミーティアとフォルカ・ヴィクスンは早速缶ビールを開けて乾杯をする。女船頭に人懐っこい笑みを向け、アリスはどこまでも楽し気に宣言した。
「また飲むよ！」