裏設定も兼ねた小ネタ話をちょっとずつアップ予定
「今から見せるのは僕がいつも寝不足な理由にまつまるちょっとしたお話さ
もちろん信じるかどうかはアナタ次第、だけどね・・」
まず最初に、目の前の相手を目にした時小さな違和感・・
プロを目指していると公言する彼の顔は傷一つなかったんだよねぇ
思うに彼は大事に育てられてたんだと思う。
大事に・・
大事に・・温室で育てられ、ほぐした餌を与えられ
傲慢なまでにプライドだけが肥大して行った感じかな・・
(にしてもロープの反動を利用したとはいえ、あんな力を抜いたショートフックで崩れるとは・・
ここまでグラスジョーだと張り合いなさすぎて萎えてくるなぁ。
きっと打たせる事ばかりで守りの技術はおざなりだったんだろうね。)
「う~ん、会長さん。僕用事を思い出したんで今日のスパーは1Rだけでもいいかな?」
誰の目から見ても明らかな挑発に対し
体がおぼつかないハイエナ気取りの飼い犬さんが牙をぎらつかせこちらに鋭い怒りを向けてくる
まだ動けそうでよかった。この鋭い気迫だけは実践でしか味わえない、
一瞬の油断でこれまで積み上げたものが瓦解する緊張感
そこから生まれる快感得るために僕はここに来たんだ。からさ・・
だからもうちょっとだけ、楽しませてくれよ
心の中で刹那的な呟きを漏らしつつ、怠惰な瞳を相手に向けつつねむるは左の拳をそっと下ろす
すると同時に鞭のようにしなる左拳が変則的な弧を描きながら満身創痍の標的へと直撃
間髪入れずにねむるが放ち続けるフリッカージャブはまるで機関銃のように相手の肌を桃色に染めていく
力の差は歴然、一方的な暴力・・たまらず会長が飛び出し自身の息子を抱擁すると同時に
ラウンドタイマーのけたたましいブザーが小さなボクシングジムに響き渡った・・
ヘッドギアを外し、汗をぬぐうなか
つい数分前まで自身に満ち溢れていた青年の震えた子犬のような視線に僕は気づく
「スパーありがとうございました、先輩。プロテストも頑張ってくださいね・・」
いつもと変わらぬ微笑みを浮かべ握手を求めてを差し出す
だが、僕の手を握り返すこともなく素通りし
彼はふらふらとロッカールームへと消えていった
荷物をまとめ制服に着替え、いつも通り会長に一礼しジムを後にする
閉めた扉の先からは誰かのものか分からない
小さな嗚咽がいつまでも聞こえていた・・
「日暮くんだっけ?一緒にやるのは初めてだよね。プロテスト前なんでお手柔らかに頼むよ」
目の前のいけすない餓鬼はへらへら笑い俺の手を握る・・
憤りを感じると同時に体中の血液が沸騰してる気がした。
ジムでのコイツの立ち振る舞いも、オヤジの奴に対する腰の低い態度も何もかもが気に食わなかった。
勉強もスポーツも何もかも・・頑張らなくても結果はついてくる。
何かを継続して楽しいと思った事はほとんどない。負け組の泣き顔を拝むのだけは滑稽で面白かった。
オヤジはそんな俺のことを自慢の息子だともてはやし、ボクシングを始めないかと何度も勧める。
そうして結果的に促され始めたボクシングでも苦労せずここまで登りつめられた。
・・そんな中奴がうちのジムに現れ、俺の狩場を食い荒らしてきやがった・・
親父からGOサインを貰い、奴をぶっ壊すイメージもシャドーできっちり組み立ててある。
年齢もキャリアも俺のほうが上。今まで指くわえて我慢させられた期間、てめぇの研究に費やしてきた。
「笑顔すら浮かべられないぐらい、ボコボコにしてやるよ」
ーーカンッ!ーー
ゴングが鳴ると同時に一気に間合いを詰めガードもろとも強烈な左ストレートでロープ際まで弾き飛ばし
退路を奪った状態で拳の弾幕を、両手を拳で覆う奴の盾へと叩き込む
(お前のファイトスタイルは織り込み済みなんだよ。フットワークで間合いを取るアウトボクシングを軸にカウンターでの逆転を狙うカウンターパンチャー・・なら、徹底的にフットワークを殺し打たせる隙を潰しての短期決戦で勝て・・)
・・マウスピースが舞い上がり、地面に落ちる音が聞こえる。
手応えはない。何かがおかしいと気づいた頃にはもう・・
彼の両膝は地面に根付き、上体は眼前に立つ悪童に対し屈していた。
「お前、一体何を・・」
【何ってそりゃもちろん、カウンターですよ。これで終わりじゃないですよね?先輩・・】
「あぁ、日暮さんとこの坊ちゃんか。今日は来てる練習生も少なめだけど、スパー相手探してる奴が一人いるからね。そいつに一応声掛けてみるよ。プロテスト前だからピリピリしてるけど大丈夫かい?・・ん、分かった。じゃぁアップさせて待ってるから。はい、はい~」
こんな寂れたジムに来てくれるだけ有難いとは言え断るべきだっただろうか・・
思えばお世話になってる寝具屋のご子息さんがボクシングを始めたと聞き、私が声を掛けたのがきっかけだった。
最初は遊び半分。高校生活の思い出作りのために、もしくは学歴を彩るため・・
そんな子達にもボクシングの面白さを教えたい。そしてうちのジムで将来の道を築いてあげたいと思っていた私にとって、彼がうちのジムに遊びに来たいと言ってくれた日のことは昨日のことのように覚えている。
・・だが、彼は私が想像していたボクシング好きな高校生からは大きくかけ離れていた。
ジムに来て早々彼は、ジムに通う候補生のなかで最も強い生徒とスパーリングをしたい、そう訴えたのだ。
それがどれほど、無謀な事なのかは誰の目から見ても明らかだった。
現に彼は何度も拳で圧倒されリングに身を横たえ肩で息を吐き、そして静かに笑みを浮かべ立ち上がったのだ。
何度でも・・
何度でも・・
何度リングに叩き伏せられても彼は立ち上がる。その度に私はスパーを止め攻撃をいなし 攻勢に出る手段、カウンターの技術を彼に叩き込んでいった。
彼は無邪気な少年のような笑みを浮かべ稚魚が成長に応じ自然に泳ぎ方を身につけるかの ように、私が教えた術を吸収していった。
そして、彼が通って3ヶ月ほど経った現在。最初は手も足も出ず赤子同然にボコボコにされていた少年に
勝てる練習生は誰もいなくなってしまった・・
今でもたまに怖くなることがある。無邪気な笑みを浮かべボクシングに打ち込む目の前の少年が
私の何もかもを喰らい尽くしてしまうのではないか、そんな気すらしてしまうのだ。
プロになる夢を抱き、二人三脚でボクシングに情熱を注いできた私の希望ですらも・・
・・ドアが開き、気だるそうにあくびをしながらも眠れる獅子は私達に牙を剥けている
平静を装いつつも、汗ばむ手を握り締めながら・・私はいつものように一言告げた
「紹介しよう。私の長男だ・・君とのスパーを楽しみにしてたみたいだよ。」
目が覚めて最初に感じたのは頬の痛み。触れるとほんのりと熱を帯びていた。
決して心地いいとはいえない目覚めに、体は起床を拒んでいる。良くも悪くも平常運転だ。
寝起きのあとが残った頬を擦りつつ、気だるくあくびをすると同時に
閉門10分前を告げるアナウンスが静寂に包まれた校舎に響き渡る・・
どうやら僕は長い時間、机に突っ伏し眠っていたらしい
誰か起こしてくれたらいいのになぁ・・そんな事を呟きながら
いつもの要領で肩の凝りを揉みほぐしながら立ち上がり
携帯の電話帳のスクロールに集中しながら校門へと歩を進める
自分の不注意とはいえ部活動に無断欠勤してしまった旨を連絡しようか迷いつつ
結局のところ僕は違う連絡先へと通話しようとしている・・
マイペースなんてのは言い換えるとただの自己中なんだと自分自身に呆れ返りながら
満たせない心の飢えを満たすため、非日常に毒され日常では得られないスリルを貪欲に欲し
【お得意先】にこれから告げるであろう無理難題を頭の中で反芻させながら
昼行灯として失笑の対象となっていた一人の少年は
夜と同時に湧き上がる衝動を煌々と心奥底で燃やしながら
・・誰も周囲にいない事を確認し、静かに嗤った・・
「もしもし、会長さん?僕だけど・・今から行っても大丈夫そうかな?」