お題SS第2弾
「パンツはどこじゃぁぁ!」
路地に響くドスの効いた大声に、握と猫達の動きがピタリと止まる。
「ちょっ、親父。恥ずかしいからっ」
可愛らしい少女の声が、それを追う。
「この辺か? この辺だろ? スケベ猫め。可愛い娘のパンツ盗るたぁ、いい度胸だ。弾くか? 弾いちまうかァ?!」
ホンモノさんの言葉使いである。
「お? にぎりっぺの小僧じゃねえか。この辺で見なかったか? アレだ。白いチンチラをよ」
(チンチラ? パンツ? パンチラ?)
どうでも良い言葉が脳裏を駆ける。
「神無月さん……、チンチラっすか?」
知り合いだった。ホンモノさんの知り合いだった。
「親父、やめっ…っと」
後ろから見覚えのある女子も追い付いてくる。
「あ、あんた、握君だっけ? 親父がごめん」
「お、おうっ。確か、神無月だっけ……、神無月?!」
握は理解する。己の置かれた状況を。
(神無月は神無月さんの娘。つまり、ホンモノさんの娘。そのパンツを、チンチラが、チンチラがパンチラ!)
若干混乱気味である。
「で? チンチラ見たのか? 見てねえのか? パンツ泥棒なんだよ!」
ホンモノさんが詰め寄る。
「やめなって親父、カタギの人に……」
ホンモノさんの娘が止める。
握は、葛藤していた。
(返すんだ「さっきそこで拾って~」とか、へらっと返せば済む話だ。)
(いやっ、これが彼女のパンツとは限らねえ。ここでのパンツ違いは俺の今後に関わる)
(待て待て、パンツ違いがなんだ? バレたら海の底かもしれねえ。多少の変態扱い位いいじゃねえか)
(海の底と変態……。確かに。議論の余地はねえ)
(だろ? さあ、返すんだ。さりげなく。何気なく。ごく、自然に、だ)
(よしっ。返すぞ。「さっきそこで拾って~」だな。へらっと、自然に、だ。いくぞっ)
握の震える右手が、ゆっくりとポケットから出る。
そっと左手がアシストして、白い布地を広げる。
注がれる、視線。
「さっ、パっ」
どもる、握。
訝しむような、視線。
「パッ、パンツ一丁へいお待ち!」
瞬間、空気が凍った。
この後、握がどうなったのか?
後日、彼に聞いてみた。
「答えたくねえ!」
そっとしておくのも、また優しさである。
(拾った)
(拾ってしまった)
制服からして、寝子高の生徒だろうか。
手をポケットに突っ込んで、そわそわと辺りを警戒する、怪しい少年が一人。
場所はキャットロードの裏路地。
複雑な構造の狭い路地で、今の所すれ違うのは猫ばかりである。
骨のカケラを奪い合う、黒斑と茶トラ。興味無さそうに、エアコンの室外機に寝そべるシャム。
そんな、いつもの様子に安心したのか、セカセカと忙しかった少年の足取りは、ウキウキと弾む様な歩調に変わっていく。
「拾っちまった」
少年の口から、呟きが漏れる。
視線は、手を突っ込んでいる右のポケットである。
少年 ”握利平”のズボンは両のポケットが、突っ込まれた手によって膨れていた。
だが、良く見れば右と左では膨らみに差がある。
右には手以外のナニカも入っているのだろう。
ともかく彼は立ち止り、後方を確認すると、そろそろと右手を外に出した。
握られていたのは……。
握の右手に握られていたのは……。
ちょっと名前がややこしい。
その右手には、白い布地が握られていた。
彼の無骨な手には似合わぬ、清潔で柔らかそうな布地である。
小さな赤いリボンが付いた、三角の布地。
誰がどう見てもそれは、女性物のパンツであった。
それを見つめる握の両頬が、だらしなく緩んでいく。
「拾っちまったぁ~」
何度目だ。
著者から思わずツッコミが入る。
そんなツッコミなど聞こえていない彼は、同じ言葉を三度繰り返し、ようやく違う言葉を吐く。
「よっし、早く帰ってアレやコレしようっと♪」
ウキウキである。
握は再び右手をポケットに突っ込み、スキップ気味に歩き始めた。