(前書き)
【時期】らっかみタイム六月ごろ
【要約】五十嵐さんところで懐中時計買いました
【1】
寝子島高校の前を走る道路では、制服姿がずらりと各々お気に入りの傘を差して大行進。
頭上には嵐というほどではないほどのフツウな雨が降り注いでいた。
中途半端な潤いでじっとりとした、嫌な空気が辺りに充満している。
春から夏にかけての暖かいとも言えず暑いとも言えない気温も、嫌な空気に加担していた。
流れる汗と降りかかる雨水のせいで張り付いた襟元と肌を引き剥がしつつ、帰路についている者も居る。
その景色の片隅。島を耳から顎までなぞるように、つうっと伸びる寝子島街道の一部分にて。
「五十嵐時雨くんかなー?」
「あ?」
後ろから突如かかってきた声に、五十嵐時雨と呼ばれたサイドテールの少女は刺々しい態度で応じた。
振り向いて目に入ったのは彼女と同じ様に傘を差した、長く伸びたサイドの髪ともみあげが印象的な少女だった。
ふと視点をずらすと制服の襟元に留まっているのはリボンでなくネクタイだということがわかる。
しかし定められた規則に対する違反の程度は時雨のほうが上であり、故にその着こなしをどうこう言う権利は時雨にはなかった。
少女はスカートを翻しながら時雨との距離を縮める。
「新聞部の三ヶ島だよー。今ちょっと地域をテーマに記事を書いてるんだよー。私は旧市街の分担になったんだけどー」
取材に協力してくれないかなー?と、少女は簡素に要件を告げる。
三ヶ島、と聞いた時に時雨の眉がピクリと動く。
それを観察し、その動きの理由と固まった表情の下にある感情を読んだ少女はさっと自分にフォローを入れた。
「身体測定の時のアレは非公式での活動だよー。今回は公的な活動だからー、変な記事にはしないつもりだよー」
変な記事にはしない。公的な活動。
それを聞いても尚時雨が向ける視線は変わらないが、溜息を吐いた時雨の口から出た言葉は最初よりは柔らかくなった。
……ように思える。
「絶対変な記事書くなよ」
「それはわかってるんだよー!」
そうして、返事を聞いた三ヶ島はにんまりと口元を歪ませた。
へらへらとしていて読みにくい、三ヶ島の得意とする……得意どころではなく、普段の、標準の顔だ。
無理やり作り上げたとも見えるそれに、薄気味悪いという感想を持つものもいるにはいる。時雨がそうだ。
だが、それをわざわざ伝えることもない。
時雨は踵を返して進み、三ヶ島はそれを追いかける図がその場に出来上がる。
そしてその図は時雨の自宅……こと、骨董屋『時雨』に至るまで続いていた。