星ヶ丘寮で優雅な一日を｜リアクション

星ヶ丘寮で優雅な一日を

☆☆☆　バイクの手入れ　☆☆☆

　星ヶ丘寮に帰宅した八神修は、気持ちを逸らせていました。
　喜んで駆け寄ってくる家族への挨拶はいつも通りでしたが、制服のまま宿題を速攻で片付けます。
　宿題を終え、いつもなら上品な私服に着替えるところ、修が身にまとったのは意外にもつなぎでした。
　むろん上等なものではあるのですが、それを着て駆けていく彼の姿を見れば知人は目を疑ったことでしょう。

「風間！」
　飛んで行った先はガレージです。
「修様、そんなに急がれなくても」
　風間と呼ばれた２０代の青年が笑みをこぼしました。
　立場は運転手ですが、秘書や護衛を兼ねるスポーツマンです。
　そして修にとっては色々な意味で信頼できる、友というか、兄のような存在なのでした。

　修は黙ってガレージに入ると、中からシャッターを閉めました。
「２人きりだな。敬語は無しだ」
　そう宣言すると、緑のバイクに向き直ります。
「あ、修様……」
「言ったはずだ、２人きりの時は様を取れ」
　少しふくれた表情で言う修に頭をかきながら、風間は床を指差そうとしましたが。
「うわっ！」
　それより何かが修に飛びついてくるのが先でした。
「カーキー！　いつの間に」
「さっき、ちゃっかりガレージに紛れ込んでたようで」
「参ったな、大人しくしているんだぞ」
　愛犬のカーキーに言い聞かせると、修は改めてバイクの整備を始めました。

　修の初バイクは４００ｃｃのフルカウルタイプ。ＮＹＡＮＤＡ製です。
　フルカウルとは、ヘッドライトまわりから、エンジン下部まで全てカウル（風防）で覆われたバイクで、若者に人気がある型です。
　水洗ではなく、パーツの隙間も丹念に、薬剤や水を含ませた布で汚れを拭います。
「日頃からバイクを磨いていると、わずかな変化にも気づいて、いち早く調整・修理対応が出来るんだよな」
「はい、それに新車のうちは使用初期にねじの緩みが出やすいんです」
「ああ、ネジの緩みもしっかりチェックしているよ」
　隣で自分のバイクを整備している風間と話す修は、とても楽しそうです。
　拭いた所が乾いたら防錆潤滑剤を塗ります。
「１時間以上の間を空けることで皮膜が定着し光沢感が出ます」
　ピカピカになったバイクを眺めるのは気持ちが良いものです。
　潤滑剤が乾くのを待つ間、修には話したいことがありました。
「ところで……週末のツーリングの相談なんだが」
「ええ、初めて鎌倉まで走るんですね」
　風間が心得たという笑みを向けました。
「元々スポーツランドＮＹＡＧＯとかで乗っていたが、堂々と公道を走れる嬉しさは格別だな」
　十分に練習を積んでいた修にとって、公道を走れない理由は年齢の壁だけだったのです。
「１６歳になるのを待ちかねていましたよね。最低限の時間で免許を取ったのには感心しました」
「ああ、免許取れたら車もすぐ買うと思う」
　ふふ、と修は笑います。
「バイクの整備も大事ですが、自分の体調も整えてくださいね。勉強に夢中になって夜更かししたり……」
「分かってる、ちゃんと早く寝るって……いつまでも子供扱いするのはやめてくれよ」
　擦り寄ってきたカーキーを撫でながら、修は苦笑しました。
　

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