ビブリオバトルッ！～文系異種格闘技戦～｜リアクション

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● 天之川麗仁のオススメ『ドグラ・マグラ』

「僕がオススメする本は、夢野久作・著『ドグラ・マグラ』です」
　天之川麗仁は、古びた、蠱惑的な――もっと言えば魔術的な――表紙を観客に翳してみせた。
「ドグラ・マグラは世に言う『日本三大奇書』の一つで、『本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす』と伝えられている、いわく付きの小説です」
　ざわ、とすこし会場が揺らめく。
　精神に異常を来たすという触れ込みへの怖さと、日本三大奇書というものへの怖いもの見たさ。
　しかもそれを紹介しているのは、かわいらしいと表現してもいいだろう容姿の少年である。
　高校１年生にしてドグラ・マグラに到達するとは、よほどの本好きであるのだろう。
「まぁ、読み終わっても僕の精神は正常です……」
　麗仁はくすと仄かに笑むと、ページを捲って、冒頭部分を朗読した。

　『胎児よ

　　胎児よ

　　何故躍る

　　母親の心がわかって

　　おそろしいのか』

「胎児の夢、人間の脳、精神病科で目覚めた記憶のない青年、殺人事件……この本はミステリーであり、ホラーであり、哲学書であり、宗教書でもあるともいえます。……そういったものが不可思議に絡まり合い、読む者をまともの対極にある世界へと誘うのです。
　――さて、みなさん。これは只の狂気の書でしょうか。いえ、こうして長く読み継がれているということは、おそらくその中になんらかの真理が含まれているのでしょう。非常に理性を感じる部分も少なくありません。ところがその真理をグロテスクとエロティシズムと謎と殺人でぐちゃぐちゃにデコレーションしている……人々が惑わされてしまうのも致し方ありません。そして読むほどに分からなくなってくるのです。そも真理とは何か、そのようなものは本当に存在しているのか……」
　うっとりと一息にそこまで話して、それから我に返ったように人差し指を立てる。
「おっと。みなさんに忠告します。そういうことを堂々巡りに考え続けてはいけません。気づけば違う世界に棲んでいる、ということになりかねませんからね」

　そこまで言われて手に取る勇気のあるものはいるだろうか。
　あるいは――むしろ手に取ってみたくなるだろうか。
　この奇書を読んでなお落ち着いた様子の少年・麗仁は、最後にふわりと微笑むと、一礼をして壇を下りた。

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