せんせいといっしょ：瓜山先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：瓜山先生編

　その日、三宅葉月もまたメイに誘われ作品展に来ていた。
　実を言うと、彼女も一点だけ出展していた。寝子高の芸術科では絵画を専攻しているものの、書道の方もかなりの腕前も持っているのだ。それを見たメイに出展してみませんか、と誘われたのだが葉月自身は納得の行く出来ではなかった。故に、1度は出展を断ったのだが……。
（でも、瓜山先生があんなに熱心に進めてくるなんて思わなかった。気がついたら心が動いていたのよね）
　彼女は以前漢文の授業で取り上げられ、印象に残った杜甫の漢詩を題材にし、提出した。
「ここね」
　葉月が自分の作品の前に来たとき、ちょうどメイとタネがそこにいた。タネは思わず洗練された筆遣いに目を奪われているようだった。そして、小声でメイが漢詩を読む。

　江碧鳥逾白
　山青花欲燃
　今春看又過
　何日是帰年

　――川は緑で鳥がいっそう白く、山は青くて花が今にも燃えそうだ。
　　　今年の春もみるみる過ぎていったが、いつになったら帰ることができるのだろう――

　タネが眼鏡を正し、振り返る。と、葉月と目が合った。メイがにこっ、と葉月に微笑みかける。
「この作品を手がけた寝子高３年の葉月さんです」
　葉月は紹介され、一礼する。そしてタネを紹介された後、共に作品を見ることにした。
「この作品を書くに当たって心がけた事って、ありますか？」
　タネに問われ、葉月は静かに、作品を見た上でタネの目を見る。
「仕上げる時、文字の一つ一つに詩に描かれた世界の広がりを感じさせるように、かしら。書は、普段私が選考している絵画とは違って、直接的に対象を『ヴィジュアル』にはしないわ」
　葉月の言葉にタネとメイは静かに相槌を打つ。
「けれども、だからこそ文字によって構成された世界の広がりは、計り知れないようにおもえるの」
　そう言いながら改めて作品を見る。
　葉月は、無限大に広がるであろう『それ』を１枚の書に閉じ込める難しさを知っている。だから、この作品を全身全霊で書いたのだ。それが、タネに伝わっているのだろう。彼女の目に何か力強い光を感じる。書道を専攻し、書いていく彼女だからこそ、何かを感じ取っているのだろう。
（確かに、表現する事は楽しい。けれども、同時に難しい事。でも、私は……）
　葉月は、自然と口元が綻ぶのを感じる。そして、思うがままに、そっと呟いた。
「やはり私は、……何かを『形』にすることが好きなのね」
　その言葉はタネやメイに聞こえていなかったのかもしれない。聞こえていたかもしれない。けれども、それは気にならない。『表現することが好き』という事。それを再確認し、己の創作意欲が高まったような気がした。

「先生、こんにち、は……」
　その時、メイの元を訪れたのは、花のような愛らしさが印象的な赫乃である。傍らには、案内されていた岳人もおり、メイに一礼する。
　赫乃は今回、作品展の為に花を頼まれていた。季節の花とバラを組み合わせた花束を受け取り、メイは優しく微笑む。花の香りにタネも葉月も表情が和らぎ、心なしか近くを通った人も穏やかな顔になった気がする。
「有難うございます、赫乃さん。すてきなお花ですね。助かります」
　喜ぶメイの姿に赫乃は照れたのか、少しだけ頬を赤く染める。そんな仕草もかわいいな、と思いながらメイは改めて礼を述べる。
（瓜山先生のお弟子さんかな？　ぱっ、と見中学生ぐらいだし）
　なんて思う岳人だが、赫乃は立派に高校１年である。それに気付くのがいつかはさておき、メイは彼女と岳人ににっこり笑いかける。
「今回は寝子高生やそのOB・OGだけでなく色んな方々の作品があります。ゆっくり見ていってくださいね」
「「はい」」
　２人は心から楽しそうに頷いた。