そっくりさんが来た｜リアクション

そっくりさんが来た

　浅崎あやかは思わず歓声を上げ、その拍子に躓いてしまう。
　支える腕に凭れるようにして立ち上がるが、霞む視界に、コンタクトを落としてしまったことに気付く。
「折角お気に入りのスカートでおめかししたのに……」懐から眼鏡を取り出す。「うう、この予備眼鏡、ダサいんだよね」
　レンズ越しに笑顔を向けるのは、桜崎巴のそっくりさん、桜葱智基。
　あやかの彼氏だ。

　眼鏡をかけたあやかを見て、何人かが「おおっ？」と振り向く。
　どう見ても、旧市街の眼鏡屋だ。
　ぼさぼさの髪が整えられ、目つきに険がないものの、どう見てもあの陰気な店主。
　何を考えているかわからないところがあったが、まさかそういう趣味があったとは。

　そうして彼氏を見れば、こちらも意外、見知った顔。

　長い黒髪を後ろに結わえた様は、まぎれもなくあの『猫鳴館の魔王』。
　いささか変人だとは聞いていたが、こちらもそういう趣味があったとは。
　
「寝子島デートを楽しむさ」智基はあやかに笑いかける。
　女性とも見まがう長髪が、潮風に嬲られる。
　束ねたさまを、侍みたいとあやかに褒められてから、そのままにしてある。
　伊達男で、瀟洒ななり。小づくりで華奢なあやかとはよく似あった。

　無類の猫好きであるあやかのため、智基は寝子島を逢瀬の場所に選んだ。
　何をさておいても猫、というあやかのため、野良猫が群落を作っているという寝子島神社を訪れたのだ。
「猫、たくさん！　すごい」はしゃいで、あやかは石段の猫を抱き上げる。

　この猫こそ、本日の被害者。浅葱あやめ所有の飼い猫、ハシバミである。
　普段飼い主からぞんざいな扱いを受けているハシバミ、急にあやかから抱きかかえられ、ぎょっとする。

「智基さんも見て見て！」差し出すあやか。状況が把握できないハシバミ、じたばた暴れる。
「智基さんの、長い髪が気になるのかしら……」そっと話して、耳元に語り掛ける。
「でも、あんまり引っ掻かないでね。綺麗な彼の長髪は、私のお気に入り……内緒よ」
　そっと、ハシバミの背中を撫で上げる。
　全身の毛が逆立った。

　ハシバミを抱え上げ、じっと目を合わせる。
「ねえ、あなたのお名前は？」
　お前が付けたんじゃねえか！　猫が無言の抗議をする。

　どっぷり、恋人と猫の世界に浸りきるあやか。
　周囲の奇異の目に、気づくことはない。

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