もぎたて☆フレッシュ！　～どんぐり農園の愉快な果物狩り～｜リアクション

もぎたて☆フレッシュ！　～どんぐり農園の愉快な果物狩り～

　いつの間にか、日が傾いていた。
　雲が早い。
　雨の予報など出ていなかったが、急速に翳りが生まれていた。

（……苺の匂い……？）

　優芽がやってきたか、と、フィーナと道が、そっと叢に近づく……。

「わぁ！」
「ぎゃああああ！！！」
　飛び出たのは碧南。
　突然出てきただけなのだが、二人にしてみれば、まさにホラー映画のタイミングだった！
　ここまで怖がらせるつもりはなかったんだけど、と思いつつ、碧南は二人を賞味しようと近づく。
　すっかり恐慌をきたしている二人、その場にへたり込んで、声も出ない。
　
（ほんとに、ホラー映画のモンスターになってるわね……）

　頭の片隅で考えながらも、ノリ的に止まらない。お化け屋敷のオバケのノリだ。
　おびえる顔に、碧南の影が覆いかぶさる……。
　
　その時、頭上から一つの影が降りてきた。

「僕が足止めするから、君たちは逃げて」
　ねむるが二人の間に立ちはだかる。
　
　恐怖が全身を突き上げてくる。悪寒が止まらない。
　闇からぬっと手が現れ、自分を締め付けそうだ。
　
　あまりにも必死な形相に、碧南は困る。
　そこまで怖がられても……。
　ぴん、と聡い碧南の頭にひらめくものがあった。
　彼はたぶん、この状況が怖い。それを克服しようとしている。
　あえて厳しいラッシュを受けて、強いメンタルを育てる。
　バスケの練習でもあった。
　ならば、こちらも答えてあげなければいけない。

　碧南は盛大に振りかぶり、大きく威嚇するようにしてとびかかる。
　及び腰になりつつも、ねむるの体はディフェンスを繰り出す。
　彼の格闘センスは尋常のものではない。
　バスケ選手に隙をみせない、徹底したフェイント。
　だが。
（あっ！）
　腹部に鈍痛が走る。
　一瞬を突かれた。
「あ、あれ……おかしいな。力が出ない……」
　ぐらぐら揺れる視界。碧南がさくさくと胴体を咀嚼している。
「ぎゃあっ！」痛みよりも恐怖で、ねむるは絶叫する。
　さすがにやりすぎたかと、碧南が顔を上げる。
　
　その瞬間、ついに緊張の極点に達したフィーナの体が、ぐらりとかしいだ。
　蔓に躓き、橡の樹に激突。根本が腐れていたのか、それでゆっくり、大木が倒れていく。
　通常なら軽いけがで済むが、彼らは果実。へこんだら命取りだ。
　ミシミシと音を立て、フィーナと道の上に、ゆっくり大木が……。
　
　碧南は、ねむるの視線を感じる。
　そこには恐怖の影はない。戦いに酔う戦闘狂のぎらつきもない。
　ただ、覚悟を決めた男の、決意の光があった。
　
（何も変えられないかもしれないけど、もし救える可能性があるなら……）

　碧南は頷き、フィーナと道に向けてダイブ。二人に覆いかぶさる。
　その背中に向け振り下ろされる、巨木の一撃。
　気合を放って、ねむるは跳躍する。
　真っ白な光が、視界を焼いた。

「我が生涯に一片の悔い梨」

　命を代償とした奥義。その効果、梨汁を飛び散らせるだけ。
　だが大量の梨汁の噴出は、巨木をはじいて、脇にそらせた！

　濛々たる水気の中、フィーナと道は目を覚ます。
　自分を無理にかばった碧南が、苦し気に笑顔を浮かべる。

　霧が晴れた時、ねむるの姿はなかった。
　あとには、一粒の梨の種が残されるのみ。

「……」その有様をつぶさに見ていた謡。
　命を懸けての大技。仲間への信頼。そして、恐怖の克服。
「全て、梨だから、できたんだな」
　同朋への、大いなる敬意と、梨への誇らしさを胸に、彼は瞳をきつく瞑った。
　他の果物にはわからぬ、清廉さと心意気。それが梨。梨は梨を知るのだ。

　悲しみの涙が、彼の頬を濡らした。

　－－梨の宿命は、残酷だろ。
　－－俺たち、梨に生まれて、幸せだったか？
　

　確認しておこう。彼は青リンゴである。