声のない世界で｜リアクション

声のない世界で

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声がなくなっていた事に気付いた時、逆巻天野は思わず笑った。
もちろん笑い声だって出ないので、声もなく１人笑う格好になる。
はたから見るとかなり変だったろうが、特に気にはしなかった。
それにしても少し意外だったのは、声が出なくても意外と不便じゃないこと。
多分、一人の時間が多いからだろうと思う。
（声がないってこんな感じなのか）
音をなくした世界、心のなかでひとりごちる。
少し寂しくはあるけれど、決してこの感じは嫌いじゃなかった。
もともと、天野は毒舌家と言われる類の人間だ。自覚もある。
だから、声がでなければ誰も傷つけなくてすむ。
そんな風に考えると、他人に喜ばれそうだな――なんて。
それにしても、と声のないまま物思いに耽る。
んあんだか、昔の自分に戻ったみたいだ。
うまく言葉に表現できない、正直に言えない頃のような。
もっとも今はもう……あの頃とは、天邪鬼だ。
そう、天邪鬼。
昔の自分とは、正反対。
理想という嘘を作り上げて塗り固めた自分なのだから、歩き出すことに臆することだってない。
……さて、と。席を立ち上がる。
声がなくなった理由くらい、知りに行こうか。

とはいえ、何処へ行ったものだろうか。
なんせ見当もつかないし、とふらふらしていたら、美弥子の後ろ姿を見かけた。
声が出ないので、とんとんと肩を叩く。
振り返った美弥子は何か言おうとして、「あっ」という感じの顔になった。
ああ、なるほど。
天野はささっと携帯に文字を打ち込んで、美弥子に見せる。
『君も声が出ないの？』
こくりとうなずく美弥子。
『原因知ってる？』
また一つ頷いて、今度は美弥子が携帯にカチカチと文字を打ち込んだ。
『テオが猫パンチしたら声がでなくなったの』
なるほど、原因はあの猫だったか。
『ありがと』
そのままテオを探しに行こうと、
あっ。
はたと何かに気付いたように鞄をあさる。
取り出したるは、昼間に調理実習で作ったカップケーキ。
ちなみに複数ある。
お礼にちょうどいいかもしれない。
『あげる』
『いいの？』
『甘いの嫌いだからいらない』
『そうなんだ。じゃあもらっちゃうね、ありがと』
なんだか嬉しそうな美弥子に、
『そうそう、味の保証はしないよ』
美弥子の表情が一瞬固まる。それを見て、天野は意地悪く微笑んだ。
『美味しいらしいけど僕は食べてないし。幾つかあるから友人にあげるといいよ』