餃子の闘将｜リアクション

餃子の闘将

　店先から首を突き出し、華菜子は周囲を見渡す。
　空気が不穏だ。
　寝子島の中でも、伝統とカオスに溢れた一角として知られる旧市街。
　だが、ここ数日の様子は、これまでとはまた毛色が違っていた。

　――町が、餃子に包囲されている。

　最初それは、何気ないテイクアウトであったとされている。
　軒先に匂った、香ばしい香りであったともされている。

　ともかく餃子が安かった。

　それに加えて、あちこちの店で餃子が供された。
　まったく餃子感のない店まで、しれっと餃子を売っていたりする。
　餃子の皮が、すごく安かったのだとも言われる。
　調子に乗って、とんでもない量の発注を掛けたとも言われる。
　それが原因か否かはわからない。

　路上にベンチが置かれ、プラスチックの舟で餃子を食べる姿が目につき始めた。
　テーブルの上にはラー油と酢、周囲には大小さまざまの椅子が置かれた。
　いち早く置かれたのはバケツとゴミ箱だ。油で汚れた皿は洗剤入りのバケツに突っ込まれ、誰かがまとめて洗う。
　汚れたテーブルかけは、漂白剤の中へ。
　公共心の発露もあるだろうが、誰もがこの餃子というビッグウエーブに乗るしかないと感じているようだった。
　路地から通りへ、イスとテーブルが置かれ、餃子をその場で売る屋台が現れた。
　許可が下りると見るや、売店、出店もなし崩し的に現れる。
　「餃子あります」「餃子はじめました」の掲示。

　濛々たる煙、油の臭いに酒精の香りが混じる。
　ぬれた舗石も、熱気ですぐに乾いていく。
　異様な万国感だった。どこかの東南アジアの街区といっても、頷いてしまいそうな様相だった。
　
　餃子犯罪大通り。

　胡散臭い、いかがわしい通りには、ふさわしい影がある。
　軒先からふらりと現れたのは骨削瓢。
　その表情はどこか窶れて、生気がなかった。
　普段から奇天烈なエネルギーで、周囲を翻弄する彼。
　だが今日は、何か妙に虚ろだ。
　もともと黙っていれば美貌の彼。病的なさまが、いっそ役者のように美しい。
　普段と変わらぬものがあるとすれば、それは両の瞳にある炯々たる光。
　痩せた躰で、いかなる驚天動地の策を秘めているか、瓢。

　その傍らで、柱に凭れているのは深縹露草。
　鋭い顔立ちの、鋭利な美しさを持つ青年。
　女のように長い黒髪、神秘的な青の瞳。
　何を企んでいるのか、その頬には謎めいた笑み。
　街を右往左往する民衆たち。
　自然と、その唇から笑みが漏れる。
　謎めいた薔薇。露草、謎めいたたくらみの正体は何か。

　スラブ系の神秘的な顔立ちをした少女もいる。

　東から餃子を求めた大群が押し寄せる。
　西から、山のような餃子で待ち受ける一団がある。
　天地騒鳴、餃子大乱。

　誰かの囁く声が聞こえる。
（餃子の闘将――）

　じりじりと焼け付く鉄板の前で、不敵な笑みを浮かべる宇佐見満月がいる。
　挨拶を交わし、華菜子は一際大きな出店の前に到着。
　猫島軒・特設餃子販売所。
　せわしなく働く皆に頭を下げて、華菜子は臨時の販売所へ。
　――さあ、行くアルっ！

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