【三夜家の入れ替わり☆パニック】

「いやいや、まさか本当に連れて来られちまうとはなぁ！　迷子になるなよーいっちゃん、なんならパパと手でも繋ぐか？　ん？」
「いらないったら、バカライチ！」
　楽しそうに笑うド派手なピンク頭は、ご近所ではちょっと有名な大家族、三夜家を代表する自由人こと三夜 雷一。ぷりぷりと怒りの表情を露わにしておりますのが、娘の河野 一霞ちゃんです……彼女的に、そうとは認めたくないようですけれど。
　傍らを歩くのは、
「まったく、夜更かししてテレビなんぞ見とるからじゃ」
「言っても無駄だぜ、じいちゃん」
　三夜家のおじいちゃん、長老のごとき貫禄をお持ちの三夜 天吉さんに、クールでワイルド。そっけなく言った三夜 霧人。
　四人はわいわいと、案内役の少女についてのんびり、奇妙な品々を目にしては楽しんでおりました。



「……おっ！　こりゃなんだ？」
「ちょっとライチ、ヘンなもの触らないでよ！　危ないものもあるみたいなんだから……」
　娘さんの抗議にも、ニヤリと笑った雷一。彼が棚から取り上げましたものは、何の変哲も無いペンライトに見えました。
「雷一、お前はいくつになっても落ち着きがないの。一霞のほうがよほど落ち着いて……」
　という、天吉おじいさんの苦言も半ばで。雷一が構わず、ぱちり！　ペンライトを点灯してみせますと。
　ぺかーっ、とまばゆい光が迸り、一同は思わず目をつぶります……と、次の瞬間！
（……ん？）
　目を開いた霧人は、たまたま手近にあった姿見をふと眺めて、
（何だ、このガラの悪い男は……頭もド派手なピンク色で……？）
「うおおお、何じゃこりゃ！？」
　聞いたような声に振り向きますと……そこには、自分！？
「何で俺様ちゃんがいるんだぁ！？」
「……そりゃ、こっちのセリフだ」
　ちょっと軽い物言いを聞けば、雷一のものだと分かります……けれどその顔は、霧人。
　逆にピンク頭の雷一の口から飛び出したのは、冷静な霧人の口調そのもの。
「んふふ、三夜家の皆さん、楽しんでいただけておりますか？　あら。『入れ替わりライト』ですね、もうお試しになられましたか？」
　にんまり秘子の、説明するところによりますと。雷一の灯したペンライトは、スイッチを入れた際に光へ照らされた人々の精神と身体を、バラバラに入れ替えてしまうアイテムなのだとか。
「え？　つまり今、ライチと霧人さんが入れ替わってる、ってこと？」
「なるほど、そりゃいいぜ！」
　双子の兄、天敵と称してはばからない霧人の中に入ってしまったらしい雷一が、何故か突然明るい声を発します。てっきり嫌がるものと思いましたら、
「世界で一番、大嫌ェな奴と入れ替わっちまうなんて、くそっ！　サイっコーに胸糞悪いぜ！　と思ったが……良く考えてみりゃ、こいつはチャンスだぜ。言うだろ？　兄貴の恥はかき捨て、ってな！」
　なんて、すすすすす。雷一は霧人の顔のまま、すすすっと秘子へ近づきますと、はっしとその手を取り、
「ぐへへへへ、お嬢ちゃん可愛いねぇ！　俺とお茶しなーい？　何ならそれ以上のこともさァ！」
「まぁ、わたくしとですか？」
　ぱちくりと目をしばたかせた秘子を、ステロタイプなチンピラのようなセリフでナンパ！
　したかと思えば。たまたまそこへやってきた、音海 なぎさを見つけて、きらん！
「ねえ胡乱路さん、どうかした？　案内の続きを……わあっ？」
「ああ！　そこの身なりの良さそうなお坊ちゃん！　頼む、金貸してくれぇ！　何でもするからさぁ！」
　ぺこぺこぺこっと、土下座攻勢で借金を懇願してみたり。入れ替わりをいいことに、やりたい放題！
　とはいえ、その場にはもちろんご本人様がおりますもので、長続きはしませんでしたけれど。
「……雷一てめぇ。俺の姿で、面白い真似してくれんじゃねーか……？」
　霧人さん、ぎろり！
「何だよクソ霧人、ちょっとくらい良いだろ？　お前も俺様のハンサム顔で好きにすりゃいいだろ！」
「お前のチンピラ顔で、何をどうしろってんだ！」
　どったんばったん！　もみ合いを始めた双子の兄弟。お顔だけなら、お二人、そっくりでしたけれども。
　そんな彼らを前に、とある考えを脳裏に巡らせましたのは、一霞ちゃん。
（ライチと霧人さんが、入れ替わってる……ってことは、も、もしかして。どさくさに紛れて、ライチに……だ、だっ、抱きついちゃったりしても……怪しくない？　気付かれない！？）
　パパさんへの物言いは得てして辛辣だったりする彼女、その実は何だかんだで、甘えてみたいお年頃？　乙女心は諸々、複雑だったりするわけなのです。
（よ、よーし……！）
　意を決して一霞は、どたばたと揉み合う雷一IN霧人さんの身体へ駆け寄りまして……むぎゅっ！
「……霧人パパ！　ここ、何だかこわーいっ！」
「おおっ！？　いっちゃんが俺に、こんな風に甘えて来るなん、て……？」
　喜んでもらえるかと思いましたら。雷一さん、ぴしっ！　一霞を見るなり、固まってしまいました。
「な……な……」
「？　どうしたの、ライ、じゃない霧人パパ？」
　一霞もそこで、気付きました。
　見れば呆然とした顔の、他でもない自分が、あんぐりと口を開けて、こちらを見つめていることに。
（……あら？　私がこっちを見てる、ということ、は……）
　そう。入れ替わっているのは、雷一と霧人だけでは無かったのです。
　霧人姿の雷一の腰へ抱きついた一霞は、天吉の姿であるわけでして……一霞姿の天吉さん、あまり見たくない絵面に、絶叫！
「な……何やっとるんじゃ、ワシぃぃぃいいいっ！？」
　ていうか、とってもややこしい！　
　どたばたと繰り広げられるコメディタッチなファミリードラマには、なぎさと秘子も顔を見合わせまして、
「……楽しい家族だねえ？」
「とっても賑やかで、羨ましいですね。んふふ！」



　その後も、もうやめておけという家族の制止も振り切って、雷一さん。ペンライトを改めてもう一度、ぱちり！
「……おおっ、今度はいっちゃんの姿になっちまった！　よし、この姿なら……天吉おじーちゃん、お小遣い、ちょーだいっ♪」
　可愛くぶりっ子！　しながら、おじいちゃんに抱きつこう……としたところで。
　おじいちゃん何を思ったのか、手近な壁を、ごいん！　ブン殴りますと、
「雷一てめぇ、好き勝手してんじゃねーぞコラ……！」
「おわぁ！？　ま、またクソ霧人じゃねーかあああ！」
　頭の中にびりびりと響くドスの利いた声は、紛れも無くお兄さま、霧人の声！　霧人は試しに天吉のろっこん、テレパシー能力を使って怒鳴りつけてみましたら、何だか上手くいったようです。
「くそっ、小遣いがダメなら……せめていっちゃんの姿で、楽しむしかねーっ。私、パパ大好き！　パパ大好き、パパ大好き、パパ大大大、大好きっ！」
「なっ、なっ……！？」
「……ていうかいっちゃん、胸ぺったんこだなぁ……可愛そうに。プールとかで、男子にからかわれたりしてねーか？　そん時ゃパパに言え、すぐにとっちめてやるからな！」
「余計なお世話よ、バカライチーーーッ！！　もおおお、信じらんないっ！」
　霧人姿の一霞と、どったんばったん！
「やれやれ、まったく……」
　と、今度は雷一の中に入った天吉おじいさん。
　少々激しい親子のスキンシップを眺めつつ、折角なので、ヘンなもの持ってやしないかと所持品チェックをしておりますと、出てきたのは……子供たちの写真。
　かなりの大所帯、大家族な三夜家ですけれど、何だかんだで繋がりは強くて。例え離れて暮らしていても、誰もが誰もを大切に思っている、そんな素敵な家族だったりするのです。
　その証拠には、霧人も……今は天吉の姿ではありましたけれど、
「じいちゃん。後でウチに来いよな。腰、ガタ来てるだろ。看てやるからよ」
「あー、うむ。近いうちにな。今は、その前に……」
　ぴらりん、雷一のお財布から取り出しましたのは、一枚の紙切れ。何やら高額なお買い物の痕跡が見て取れるレシートを手に、
「まずは、コレについて問いただしてからじゃな」
「よし、手伝うぜ。雷一のヤツ、悪趣味な真似しやがって」
　三夜家のドタバタは、場内へ余すことなく届いてしまいそうな、天吉さんの怒声が響き渡るまで続いたということです。