夢の晩餐｜リアクション

夢の晩餐

　世界ベスト級の食べものが供されてしまったのは、林檎だけではない。
　呉井陽太の前にあるのは黒い数粒の塊。
「これは何だ？　ホワット？」慎之介が首を突っ込んでくる。

「わぁい、サルミアッキだぁ☆」おどけた声を出す陽太。
「見たことがあるかな……フィンランドのお菓子だね」理沙が、お菓子好きの本領を見せる。
「あら不思議、オレサルミアッキだい……」そこまで言って、顔を覆う。「っキライなんだけどぉっ！」

　サルミアッキ。
　フィンランドのお菓子だ。
　よく、アルミサッシと間違えられる。
　最近は、輸入雑貨店やネットショップでも手に入る。
　紹介文は「世界一不味い飴」。

　ちなみに『サルミアッキ』とは「塩化アンモニウム」のことだ。
　フィンランドでは子供から大人まで親しまれている。
　ウォッカに入れれば、世界一不味い酒に変じる。

　陽太とサルミアッキの出会いは子供のころ。
　フィンランドにいる祖父が「癖になるぞ～♪」と、いきなり放り込んできた。

（じいちゃんは、サルミアッキ好きだし悪気はなかったんだろうけど……）

　刺激のある苦味、松脂みたいなどといわれる。
　が「玩具の消しゴムをかじったような味」というのが一番ぴったり来る。
　陽太が常にポケットに入れている樹脂人形。
　これを丸かじりすれば、味に近くなるか。もちろんやらないけど。

（突然の味にびっくりして、全身が震えてきたんだねぃ……）

　震えの止まらない陽太を見て、弟がショックで号泣し、大騒ぎになった。
　苦笑する陽太。（ごめんね、じいちゃん）

「大変だ。クレイジーだ」慎之介が、傍らの時尾に呟く。「あいつの食べるの、とんでもないもんだ」
「何なんですか？」
「アルミサッシだ」

　これを聞いて、海美はぶったまげた。
　アルミサッシといえば、金属ではないか！

　時尾はあいまいに頷く。アルミといっていたが、聞き間違えだろう。
「何でも、アンモニアが入っているらしい」
　塩化アンモニウムとアンモニアを間違えている。

　海美はさらに衝撃を受けた。
　アンモニアといえば、おしっこだ。
　
「陽太おにいちゃん！　……だいじょうぶ？」たまらず海美は声をかける。
「ははは、海美ちゃん……」引きつった笑いを浮かべながら、陽太は何気なくこう言う。「見てよ、このラスボス臭」

（らすぼすだー！！）
　海美はパニックになった。
　近所の男の子がゲームをやってて、おっかなそうなてきを『らすぼす』と呼んでいた。
　いちばんつよいてきを『らすぼす』っていうらしい。

　わるいやつには、手下がいるんだろう。
　その手下が『ボツリヌス』とか『アニサキス』なのかもしれない。

（たべたらしんじゃうんだー！！）

　時尾の手をしっかり握る海美。

　海美の目には、陽太が化け物に挑む勇者に見えた。