夢の晩餐｜リアクション

夢の晩餐

　ため息をついたのは、毒島林檎。
　クールで怖いもの知らずの彼女の前に出されたのは、シュールストレミング。
『よりにもよって、コレなんて……』夢の晩餐。それだけでもおかしいのに。
　何でこいつが、出てくるのだ。
『絶対イヤアアアアア！！！』

　シュールストレミング。
　世界最高の臭気を誇る食物。
　今回は夢の晩餐。室内ではあるが、においは拡散しない。
　その代わり、林檎にのみ直撃する。
　以前望んだときは、ガスマスクと防護服の完全防備で望んだ。

　だが今回は夢の晩餐。防御の手段なし。
　臭いは脳髄に直接押し寄せてくる。

「そんなにヘビーなのか？」慎之介の言葉に、林檎が頷く。
「あれは……小三の時……」うつろな目で呟く。触れてはならぬ恐怖の記憶。

　だが夢魔は容赦なく林檎の記憶を領し、トラウマの再現を要求する。

　父親が好奇心で買ってきたお土産。
　大食いの食欲間人である彼女は、戸棚にあった『それ』を見つけ、何の気なしに開いた。

　それを、常識の食物の範囲で考えてはいけない。
　シュールストレミングは、屋内での食事が禁止されている。
　一部の国家では、空港での検閲を通過することができない。
　生物兵器、危険な薬物などと同じカテゴリィなのだ。

　幼い林檎の繊細な鼻腔を『それ』がやさしく撫でた。

　世界最悪レベルの臭気を、彼女はダイレクトにくらったのだ。

　……三日三晩、生死の境をさまよった。

「それだけでもトラウマ確定なのに……」
　彼女の真の地獄は、復活後に始まった。
「取れない臭いでいじめられ、家はリフォームしなくちゃならなくなり、そして家庭不和だ。
　うかつな父を、日ごろから鬱憤をためていた母と、まだ健在だった祖父がそろって攻撃だ」
　外では石を投げられ、家では怒号が響き、そして遠因は自分にあった。
　あまりに過酷な日々。なすすべない彼女は、祖母に抱きついて泣くことしかできなかった……。
　ただでさえ繊細な彼女。その事件はざっくり傷跡をつけている。

　青ざめた顔に脂汗をながし、全身をがくがく痙攣させる。
「無理ィ……」

　ボビナム（ベトナム柔術）で一緒の海美は、林檎の異変を驚愕の目で見ていた。
　カポエイラなど武術万般に通じ、自分の誇りを踏みにじるものがあれば、母親仕込の鉄の爪でねじ伏せる。
　そんな彼女が、全身をぶるぶる震わせている信じられない光景だ。