夢の晩餐｜リアクション

夢の晩餐

　そんな陽太の様子を見て、レオンは笑う。
　そう、陽太は愛されない子供ではなかったのだ。

　……。

　思い出は、切れかかった誘蛾灯の青白い光。
　ご丁寧に、弁当にはたっぷり水がかかっていた。
　汚さずに食べたつもりだったが、コンビニ店員には不愉快だったらしい。
　幼いレオンは、すでに腐敗液をかぶって甘酸っぱいにおいを発しているコンビニの廃棄から、比較的ましなものを選ぶ。

　幕の内弁当。ネオンに照らされて色がわからない。ダメになっているのかもしれない。
　それでも、それを晩飯にしなければならなかった。

　フラッシュバックは、切れかかってぶうんと唸る蛍光灯。
　脱臭剤しか入っていない冷蔵庫を、何度あけても食事などないことはわかっていた。
　
　あのやつれた、光のない瞳の女は、どうして自分を憎んでいるんだろう。

　蛍光灯の切れる音に混ざって、ノイズのような女の声がよみがえってくる。
　自分の生を呪い、自分の境涯を呪い、自分の腹を痛めた息子を呪う声は、どんな打擲より陰惨で苦しいものだった。

　ゆがんだおぞましい化粧をして、あの女が出てゆく。
　もちろん、食べ物などはおいていかない。自分の生をさいなむ子供への、それは復讐。

　いつしか少年は、町のゴミ箱と、コンビニが残飯を捨てる時間を覚えた。

　……。

　震える手で、ラップを引きちぎる。
　甘ったるいにおいが、レオンの鼻を刺す。
　どこかで警鐘のような音が聞こえたが、空腹に勝てない。
　手のひらで、一気に白米を押し込む。

（ぐっ！）

　胃液が逆流し、黄色い飯が噴出した。
　夏の湿気、腐敗液をたっぷり浴びた幕の内弁当は、恐ろしい速度で痛んでいたのだ。
　
　街路の上で、輾転反側するレオンの、おそろしい絶叫が響き渡る。
　彼のおびただしい下痢と、鈍痛、そして悪夢は数日続いた。

　その弁当は、過去の集積だった。

（ふ、普通の弁当だって、わかっちゃいるが……）
　がくがくと体が震える。
　あの時の弁当の味が、勝手に思い出されるのだ。

　一気にかっ込むしかない。あの時みたいに。

　箸を退けて、レオンは封を破り、手づかみで白米を掬う。
　脳に警鐘の赤いサインが響き渡る。
　あのときの味、におい、それに悪夢が脳髄を駆け巡る。
　かまわずレオンは、それを口にねじ込んだ。

「うえ、ぐっ……」

　涙で視界がゆがむ。
　頭蓋を砕くような嘔吐感を、口を押さえてこらえる。
　無理やり飲み下し、息をついて、また弁当を掴みあげる。

　凄惨で恐るべき咀嚼音が響いた。
　誰一人、声も出なかった。
　いかなる思いでか、弁天はじっとレオンを見ていた。

「はあ、ぜえ……」最後の肉豆腐を、汁ごと啜りこみ、レオンは息をついた。「く、食った……食ってやったぞ……」
　どこからともなく、拍手が起こる。
　レオンの過去は知らないが、それでも彼がなにごとか成し遂げたのは確かだった。
　レオンは、ひとりではないのだ。

「食ってやったぞ、どチクショー！」

　レオンの涙でかすれた叫びは、誰に向けてのものだったか。