進路相談、君等の道２【芸術科編】｜リアクション

進路相談、君等の道２【芸術科編】

●芸術科３年７組

【月居歩の場合】

　この日、ファッションモデルめいた痩躯の笠原七穂先生は、ブルーのウィッグに同じ色のマスカラで睫毛を彩り、ホワイト基調の近未来的な装いで足を組んでいた。黙って目を伏せていると、まるでショーウィンドウに飾られたマネキンのようだ。七穂先生は素顔を晒さない。化粧を落としたところを誰もみたことがない。ウィッグも毎日変える。イケてるか、ダサいか。それが彼女の判断基準。ただ、七穂先生の素顔がイケてるのかダサいのかは、現時点では七不思議なみに謎である。
　七穂先生より頭一つ分背の高い月居歩は、静かにその前に腰を掛けた。
　マネキンのように見えた七穂先生が切れ長の目を細め、にこっと微笑む。
　
「歩君。いまは絵画が専攻だったわね。将来こんな仕事につきたい、とか具体的なヴィジョンはある？」
「……そう聞かれると正直困る」
　歩は長い前髪で敢えて瞳を隠すように俯きながら、ぶっきらぼうに答えた。
　明確に何か目標があるわけではなかった。
　ただ、絵を描いていたい。それだけなのだ。
「絵描きになれるか、と言われたら、そうすんなりはいかないだろうと思う。けれど……」
　おそらく、絵にしがみついていたいのだ、自分は。
「出来る限りずっと絵を描いていたい……ってのは駄目だろうか」
　七穂先生は歩の歯切れの悪い物言いに少し首を傾げた。
「おうちの人は何か言ってる？」
　歩の脳裏に母が過ぎった。あの人なら……何と言ったろう。
　続いて父の顔が過ぎり、途端に、歩は苦虫を噛み潰したかのように口もとを歪める。
「父親は……親父は多分、俺の進路になんて興味ねぇよ。世間体は気にしてるみたいだから大学に行くことは反対しないだろうからな。最悪、奨学金を使えば金銭的な文句も無いだろ」
　そう吐き捨て、話題を変える。
「絵を描き続けたいから、芸大とか芸術学部があるところに行きたいんだ」
　七穂先生はちょっと眉を上げただけで、家族についてそれ以上突っ込むことはしなかった。
「ふうん、それで第一志望が木天蓼大学、芸術学部？」
「木天蓼大を選んだのは……何となく」
「何となく？」
「いや。本当は……この島が過ごしやすいし、もっとこの島のいろいろな所を描きたい、というのはある。この島に来て一年も経ってないが、この島は嫌いじゃない」
　美しい屋根の連なる星ヶ丘、現代的な街並みのシーサイドタウン、懐かしさの残る旧市街。
　それらの向こうに広がる海。振り返れば聳える九夜山。
　ああ、そして。
　思い浮かべるのは白亜の少女。
　彼女は木天蓼大学を選ぶのだろうか。そもそも進学をするのだろうか。彼女はどこに行くのだろう。
　『一緒の大学に行きたい』
　そんな言葉がうたかたの泡のように浮かび、また消える。
　馬鹿みたいだ、と歩はひとり苦笑する。
「どうかした？」
「……いえ」

　ぺらぺらと資料などを捲っていた七穂先生は、やがてこう請け負った。
「マタ大ね。うん、歩君ならこのまま頑張ればイケると思う」
　七穂先生は手を伸ばし、長く伸びた歩の前髪をぐいっと押し上げた。
「ん。こうするのも似合うじゃない」
　それからルージュをひいた唇をニッと引き笑った。
「イケてる男になりなさいな」

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