【競技開始！】

「それでは、『ネココー式借り物競争』を開始する。虹のカードを手にし者たちよ、スタート位置へ着きたまえ！」
　きらきらと輝く虹色の刀を、しゅばっと振り上げて。甲冑を身に纏った猫の着ぐるみ、借り物大魔神がイイ声で高らかに言い放ちますと、出場者たちが、慌しくスタートラインの前へと集まります。
　寝子島高校の校舎や、グラウンドの周囲は虹色の飾りによって彩られ、目にも鮮やか。応援に駆けつけた観客たちだって、彼ら選手を激励してくれています。
　がんばれー！　なんて、元気な声を耳にすれば……誰しも、奮い立とうというもの。
「よーっし、頑張らなくっちゃ！」
　十文字 若菜は、ぱちん！　と両手でほっぺを叩いて、ぐぐっと両手を握り込みます。隣では、軽く足を伸ばして柔軟を行い、風雲児 轟も準備万端！
「おっ、気合が入ってるな！　俺も全力で行かせてもらう……お互い頑張ろうぜ！」
「うんっ、負けないよ！」
　黒猫組と白猫組、互いの健闘を祈りつつも、めらめらと闘志を燃やすのです。
　この競技には一般参加枠も設けられていて、傍らでは学生たちに混ざり、飛吹 蓮太郎、広村 正敏といったオジさんたちも奮起しております。
「息子の応援に来たと思ったら、俺自身が参加することになるとはな。こりゃ、俺たちにもっと輝けっていう、神様からのお告げだな！　なあ正敏よ！」
「おうよっ！　多少年は食っちゃいるがな、まだまだ体力だって、学生たちに負けちゃいないぜ。ここはいっちょ、俺たちで盛り上げてやるとしようぜ、レンちゃん！」
　気の合うオジさん二人、まだまだ若いモンに遅れは取れんのです！
「おおー、おっちゃんたち輝いてるな！　よーし、いおりもっ」
　今日も相棒のローラーシューズをばっちり履いて、野坂 庵は観客席へ向かって、元気に叫びました。
「いおりの得点はなー、いおりをいっぱい応援してくれた組に入れちゃうぜー！　だから、たーっくさん応援、よろしくなっ♪」
　一般参加枠の選手が得点を獲得した場合、本人が応援する組へと加算される仕組みなのです。観客席には黒猫、白猫双方の応援団なども陣取っておりまして、いおりのそんな宣言には、わっ！　と声援が上がり、会場のボルテージは更にヒートアップ！
　選手たち全員が位置に着いたのを確認すると、借り物大魔神は空へと短い腕を掲げます。ニクキュウにぷにっと握られておりますのは、スターティングピストル。
「では、健闘を祈る！　位置について……よーい！」
　ぱーん！　小気味の良い音が空へと鳴り響き、選手達は、一斉にグラウンドを飛び出していきます。
　『ネココー式借り物競争』の、スタートです！



　グラウンドを出たところで。小島 海美が、ぴっ！　と元気良く手を上げまして、周囲の選手たちへと呼びかけました。
「プリンの人ー！」
　海美が手にした虹色のカード、ぴりりとシールを剥がしてみれば、そこに記された借り物のお題は、『バケツ豆乳プリン』。
「ひとりじゃ大変だもんね！　プリンの人みんなで、きょうりょくしよう！」
　どうやら、同じお題を引き当てた選手たちと、手を組むことを思いついたようです。そんな小さな海美の呼びかけに、幾人かが名乗りを上げますと、
「おっ、全員黒猫組と一般参加か？　うっしゃ、これなら気兼ねなく頑張れるな！」
　楢木 春彦が集まった面々を見回せば、確かにほとんどが黒猫組。海美を含む一般参加選手にしても、聞けば、黒猫組を応援してくれているそうなのです。
　えいえいおー！　と一気にまとまった彼らは、早速作戦タイム！
　御剣 刀と奈良橋 博美が、
「目的地は、参道商店街か。行きは寝子電を使えば早いな」
「そうだね。帰りは……良かったら、車を出してもらえないかな？　きっと、お店の宣伝にもなると思うんだ」
　そう言って視線を向けた先には、西野町 圭吾。なんと彼、『バケツ豆乳プリン』を借りに行く『西野町とうふ店』の、そのものズバリ、店主さんだったりするのです。
　お題の品を借りるため、店員さんとの交渉を省くことができるのは、なかなかに有利と言えましょう。これはラッキー！
　圭吾は、学生たちへにこりと笑いかけると、
「僕も、娘が黒猫組だからね。協力させてもらうよ」
　お店の車で送ってくれるとのことで、バッチリ、帰りの足も確保することができました。
「それじゃ、僕はちょっと店に連絡を入れて、プリンを用意しておいてもらうよ。それと誰か、この近くに駐車場を確保しておいてもらえないかな？」
　と言う圭吾の言葉は、もっとも。借り物競走のためとはいえ、路上駐車で違反キップなど切られてしまっては、さすがに忍びないというもの。
　手を上げたのは、維剣 姫乃です。
「じゃ、それは私と海美ちゃんで探しておこうか。ね、海美ちゃん？」
　姫乃が笑いかけながら手を差し出すと、海美も嬉しそうに、姫乃の手をきゅっと握りました。
　旧市街と言いますと、ここからは結構な距離がありまして、目的地を聞いた時は、そんな無茶な……なんて思った姫乃でしたけれど。ここに集まった仲間たちの顔の、なんて頼もしく見えることでしょう！
「みんな、がんばろうね！　れっつごー！」
　海美の明るい声と共に、彼らは行動開始！　それぞれが役割を果たすべく、駆け足で散っていきました。



「ね、マリナちゃんはどっちに行くの？」
「私は星が丘デス。ウイとは反対方向デスね」
　マリナ・Ｍ・マディソンは、併走する鴇波 羽衣へ、にっ！　笑いかけます。
　行く先は反対であっても、同じ白猫組同士。仲良しなフレンド同士！
「ウイ！　ＧＯＯＤ ＬＵＣＫデス！」
「うんっ、ファイトだよー！」
　パァン！　ハイタッチを交わせば、身体中に力がみなぎってくる気がするのです。二人は手を振りながら別れ、それぞれの方向へと駆け出しました。
　羽衣の背中をちらりと見送ってから……マリナは、ぎゅんっと急加速。壁を蹴って急カーブを転身、道端の塀へ軽々と飛び乗り、ジャンプ！　あっという間に民家の屋根の上へ駆け上がると、良く晴れた空の下、心地良い風を浴びながら走ります。
（……みんな、気合入ってるデスね！）
　眼下には、仲間たちの勇姿を垣間見ることもできて、頼もしい限り。
「走ることなら、負けられないわ……！」
　サイケでロック！　なレインボーＴシャツが目を引く羽生 碧南は、今日はいつものおっとり気質を、ちょっぴり封印。アスリートらしい真剣な表情で駆けていきます。
　通学用の自転車でちりりりん、ペダルを漕ぐ呉井 陽太の後ろの席には、一般参加者の一人、城山 水樹の姿も。
「悪いわね、乗せてもらっちゃって。助かるわ」
「同じ旧市街が行き先だし、問題ないですよぅ」
　今日は秋物のチュニックに、パンツルック。もともと観客として寝子高を訪れたため、あまり走るのには適さない格好の水樹を、気配りさんな陽太は、送っていくことにしたようです。
「……おや。同じ白猫組ですね、頑張りましょう」
　頭上からの声に、マリナが空を見上げると……屋根を行く彼女の更に上を、巧みに伸ばしたワイヤーを手繰って飛び越えていく、常闇 月。笑顔で手を振ると、月は小さくうなずいて。その鋭い身軽さは、まるで忍者もかくやと言ったところでありました。
　同じ空の下を行く白猫組の仲間たちの姿に、安心を覚えたところで。
「うりゃあーーー！」
　スゴイ勢いで自転車を漕ぎ、疾走しておりますのは……黒猫組、後木 真央！
「黒猫に、勝利を！　なのだ真央ちゃん全力で頑張るのだ白猫組には負けられないのだーッ！」
　いつもは何かとオサワガセな真央も、今回ばかりは大真面目！　色々と作戦などもあるらしく、自転車のカゴの中では、何やら積み込んだ荷物ががたがたと揺れております。
　白猫組に負けず、黒猫組だって、これが粒揃い。油断はできないのです……！
（私も、負けてられないデスね！）
　マリナはきゅっと口元を引き締めますと、足を踏み込み、たんっ！　宙へと飛び出し、くるりと一回転しながら、屋根から屋根へ！
　ますます速度を上げ、全力で、目的地へと飛んでゆくのです。