焼きそばパンＤＸをこの手に！｜リアクション

焼きそばパンＤＸをこの手に！

「……入ったぜ」ほぼ同じ時刻、握利平はスイッチを入れていた。「俺の中の『飢えた野獣スイッチ』が、音を立ててよぉ……」
　そういうものがあるらしい。いずれにしても利平、乗りやすい男だ。
　スイッチを音を立てて入れたのは、彼の友人、八十八旗信彦。
　
「ねえ、リヘーくん。焼きそばパンＤＸって、知ってるか？」
　
　その日、利平はご機嫌だった。
　バイト三昧、大いに夏をエンジョイした彼は、財布が大いに潤っていた。
　いつものおにぎり弁当（野菜佃煮の具）はやめよう。
　鮭、明太子……いやもっと、最高なリッチを愉しむ気分だ。

「焼きそばパンか……」
　利平はにやりと笑う。いつもと違う、ハイソなランチだ。
「今日は贅沢に、購買パンとしゃれ込むか」
「そうじゃない」信彦は顔を寄せ、ニッと笑う。「ＤＸの話だ」
「焼きそばパンだろ？　そんなもん俺だって、月一で食える……」そこまで言って、利平は目をぱちくりさせる。「違うのか？」
「まるっきり違う。別物。ヘブンだな」
「ヘブンなのか？」
　信彦は答える代わりに、購買のチラシをぴらりと取り出す。

　厳選野菜！！
　イベリコ豚！！
　お値段１００円！！

「ヘブンだぁっ！！」のけぞって絶叫する利平。「こちとら豚肉だって、月に２回食えるかどうかだってのに……」
　プルプル震える利平を、信彦はじっと見つめる。

　こうして信彦は、利平の『野獣スイッチ』を入れることに成功したのだ。

「焼きそばパンＤＸ、待っていやがれ！　俺が必ずゲットしてやるぜ」
　高らかに宣言する利平。
「ゲットするのは、リヘーくんで決まりだね」
「おう、俺で決まりだ」
「そうか、じゃ、俺とリヘーくんは敵同士だな」そう言って敵を立つ信彦。「幸運を祈る」

「ちょ、ちょっと待て！」あわてて立ち上がる利平。彼も、目の前の男が、敵に回すとめっぽう厄介な存在だと知っている。「お前もライバルかっ？」
「そうなるな……他の連中も、黙っちゃいないだろうな」
「そうか……」じっと考え込む利平。

　目的を達成するには、段取りが大事。
　目の前の男。敵に回すとめっぽう厄介。味方に付ければ、これ以上頼りになる奴はいない男。
「八十八旗……仕方ねえ、ここは手を組むか」
「見事ゲットできたら、半分こだ」パチンと手を打ち合わせる二人。

　女好き、軟派、チャラい、三枚目……散々なことをあちこちで吹聴される彼（そして実際、そう外れてもいないのだが）であるが、緻密に作戦を立てて勝利を得る、頭脳派としての面も兼ね備えていた。
　一見抜けたところもあるが、咄嗟の機転は抜群、身体能力も申し分なしの利平。
　彼が切り札となれば、こんなに心強いことはない。

　二重三重、入れ子構造の信彦の策。
　だが、焼きそばパンは、彼の真の目標ではない。
「俺は、焼きそばパンＤＸが欲しいわけじゃない……」そっと呟く信彦。「手に入れた『名誉』が、欲しいのさ……」
　俯いた顔をそっと上げる。あまり聞かれたくない独言だった。

　だが、そのつぶやきを聞いているレディはいなかった。

「えーと、おれはやきそばぱんが、ほしいんじゃなくてー、てにいれためいよが、ほしいのさー」

　もう少し大きな声で、レディも関心を払いやすいように、ちょっとボリュームを上げて呟いてみる。
　都合５回くらい、大声で呟いてみたものの、関心を払ってくれるレディは現れなかった。

　八十八旗信彦。策士としては一流。だが、女性が絡むと……。