寝子島・オブ・ザ・デッド｜リアクション

寝子島・オブ・ザ・デッド

■01:00 Nekoshima High School
（喰いてえ、喰いてえ、肉が、臓腑が、喰いてえ）
　利平の頭を占めるものは食欲、それも、今までとは違った食に対する欲望だった。肉の味を、滴る血を渇望する心は、歯止めがきかなくなりそうだ。
「握、お前……っ！」
　修は利平の異変に気付き、声を掛けたが一瞬遅かった。利平の理性は崩壊し、肉を求めて修に飛び掛る。咄嗟に避けたはいいが、避難者に被害がいってはまずいと焔の方を向く。
「神薙、みんなを避難させてくれ！　避難が終わるまでどうにか食い止める！」
　焔は指示に頷くと、ちらちらと利平を気にしながらも教室にいた人々に、天井裏へ避難するよう伝えた。
「まさか、あの時か……！？」
　天懸は、自分達が合流した時のことを思い出す。利平は露草を庇い、その時に傷を負ったのかもしれない。なおも修に襲い掛かろうとする利平を蹴飛ばすと、利平は後ろに数歩よろめいた。
　避難者の様子を窺う。全員が避難するまでまだ時間がかかりそうだ。
　見知った人間がゾンビ化し、襲い掛かってくるという事態に修は眉根を寄せる。これが知人でなければ、手にしたBBライフルを撃ち込むということも考えたが、どうしても躊躇いが生まれてしまう。
　利平の瞳から光は完全に失せ、欲のみに支配されている。利平は焔の方へ向かわないよう、天懸は自らの身を囮に利平へ近寄る。いざとなれば、ろっこんで利平の動きを止めることも視野に入れ、拳に力を込める。
「……この状況、どうするんすか？」
「そうだな……天井裏に隠れるのなら、もうバリケードは崩していいだろう。そっちの扉のモップを外して、廊下に追い出す」
　言うが早いか、修は扉に駆け寄って心張り棒代わりのモップを外す。そして扉を開けると、自ら廊下に出た。
　天懸は怪我を覚悟の上で利平の服を掴むと、力任せに引き寄せて、廊下へと蹴りだす。
「焔さん！　念のためそこ閉めといて下さい！」
「モップもだ！　戻ってくる時は五回ノックをする！」
　天懸と修の声が飛ぶ。扉に駆け寄ると焔は思い切り扉を引き、モップで扉が動かないよう固定する。天懸と修が無事に帰ってくるよう、祈りながら時計を見上げた。

■01:00 Nekoshima Bridge
　切り揃えられた黒髪が、風に靡く。寝子島大橋の桁の上、肩で息をしながら天佑は橋を見下ろしていた。ここならば死体が上ってくることはない。
　額に滲む汗を拭い、懐からメモ用紙とペンを取り出すと、震える手で文字を記していく。自分の意識がなくなる前に、なんとかこの記録をつけなければ……焦りから、自然と字が崩れていく。
　そして、最後のメモを書き終え、風に飛ばすと、誰かが見つけてくれることを祈って天佑は目を閉じた。
　徐々に思考能力が衰え、代わりに浮かんでくるのは暴力的なまでの食欲。それを抑え付ける理性の箍も外れ、天佑は死体の仲間と化した。