寝子島・オブ・ザ・デッド｜リアクション

寝子島・オブ・ザ・デッド

■0:30 Nekoshima High School
　三階に続く階段は全て、修のろっこんで分解し、詰めている教室の出入り口は一箇所のみ、机の下をもぐる形でバリケードを組んだ。他の扉はモップで心張り棒をしたので、開けられることはない。教室内には、万が一の時のために机で天井裏への階段が作られている。
「握くん、大丈夫？　本当に顔色が悪いみたいだけど……」
　焔は利平の様子を窺う。明らかに様子がおかしい。
「あ、あぁ……、あと、五時間も我慢すれば夜明けだろ？　大丈夫、大丈夫だ……」
　半ば自分に言い聞かせるようにしながら利平は片手を振ってみせる。腕から凍った血液が流れ込んでくるかのように、冷たい。周囲の人間が美味そうな肉に見えてくる。必死に、己の中の衝動と戦っていた。
「具合が悪いんなら、保健室で薬でも取ってきた方がいいんじゃんねーの？」
「いや、もう下には降りられない。階段が使えないから、握には申し訳ないが、我慢してもらうしかない」
　天懸の言葉に、修は首を振った。
「ああ……腹が減ったな……」
　利平の無意識の呟きが零れる。焔はポーチの中から、チョコレートを差し出した。
「このくらいしかないけど」
　受け取ったチョコレートを口の中に放り込む。今までだったら美味かっただろう、だが、今はそれに何も感じなかった。
　利平の様子に修は眉を寄せた。

■0:30 Old Town
　橋に近付くにつれ、ゾンビの数は増えていた。恐らく、同じように橋から逃げようとした人間が襲われたのだろう。
　海斗の体力は限界近くまで消費されていた。露草のろっこんでゾンビとの存在は分かりやすかったものの、数が増えにつれ、戦闘も増えていった。露草も息が上がっている。
　怪我こそしていないものの、このままでは、橋に辿り着く前に全員やられてしまうかもしれない。梢は覚悟を決めると、その場から走り出す。大げさに呼吸をすると、梢の読みどおりゾンビは梢へ向かってくる。
「屋敷野さん！？」
「屋敷野さん！」
　露草と海斗の声はほぼ同時、梢は一度だけ振り返ると、息を大きく吸い込んだ。
「言ったじゃないですか、私は裏切りますよって」
　梢はそれだけ言うと、速度を上げて角を曲がる。そして、目を閉じると前に向かって小さく跳んだ。すると、一匹の蝶に身体が変化する。そのまま空を飛び、ゾンビの群れから逃げ出した。
（これで、鈴野さんと深縹さんは逃げられますかねー。せっかく囮になったんですから、私のことなんて気に掛けないで下さいよ）
　ふわふわと空を漂いながら、そんなことを考える。
　残された二人は呆然と梢の行き先を眺めていたが、駆け出そうとする海斗を露草が止めた。
「オラは、屋敷野さんを……」
「屋敷野さんは囮になってくれたんです。今私達が行ったら、彼女の決意が台無しになってしまいます」
　露草の言葉を受けてなお、その手を振り払って走り出そうとする海斗。
　二人を、車のライトが照らした。梢の向かった道からやってきた道から車が飛び出してくる。
「あっれー？　海斗君と露草さん？　とりあえず乗って乗って！　……いいですよね、記士郎さん」
　空いた窓から手を振る武道。記士郎は頷いて二人に車を寄せる。停めることはせず、スピードを落とすと、露草が海斗を無理やり後部座席に押し込んだ。
「ありがとうございます！　あの、屋敷野さんを見ませんでしたか？　そちらに向かったのですが……」
「梢ちゃん？　見てないよ。山のようなゾンビはいたけど、梢ちゃんはいなかったな」
　武道の返答を聞いて後部座席の二人は胸を撫で下ろす。梢がいないということは、何らかの手段で逃げたのだろう。
　記士郎はゾンビを避けるため、ハンドルを大きく切った。