アンノウンな人々の日常｜リアクション

アンノウンな人々の日常

【第８話　『アンノウン』について　～あるいはエピローグ】

　二杯目の紅茶を飲み干し、朧はカップをカウンターの上に置いた。
（すっかり腹もくちくなったし、そろそろ帰るか）
　胸に呟き、立ち上がる。
　会計を済ませ、彼は胸に挿していたバラをつとはずした。
「サンマさん、ごゆっくり」
　カウンターにいるサンマさんに声をかけ、彼はカナトとあひるのいるテーブルへと歩み寄って行く。
「馬頭君、今日は話せて楽しかった。次に来る時は、ニンジンを持って来る」
「ひひーん、ひん」（僕も楽しかったよ。だが、ニンジンはけっこうだ）
「そう言わずに。……馬頭ちゃんも、また会おう」
　笑って返すと朧はあひるにも声をかけ、手にしていたバラをテーブルの上に置くと踵を返した。
　目印がなくなると、朧は完全にどこにいるのかわからなくなる。
　彼の姿を探して視線をさまよわせる馬頭兄妹の耳に、ただじゅうたんを踏む足音だけが遠ざかって行く。
　ややあって、入口の扉が静かに開いて、閉じた。

　カナトとあひるが店を出たのは、その少しあとのことだ。
　外はすでに暗くなり始めている。
　夕暮れの光にまぎれるように歩いていると、二人の首から上は本来の姿を取り戻した。
　ホッと兄と顔を見合わせ、あひるはさしていた日傘を閉じる。
「にいさま、あの店は、なんなの？」
　あひるが、カナトに訊いた。
「あそこは、僕たちのような、人以外の姿を持つものが集まる場所だよ」
　カナトが、静かに答える。
「人の体に、動物の部位を持つものや、完全に動物になってしまうもの。……マグロさんのように、着ぐるみの人も、いるけれどね」
　そして彼は、そこが自分たちのようなものには、簡単に見つけられるが、人間の姿しか持たない者には探しても見つけられない場所なのだとも告げる。
「不思議な場所なのね。……あそこでは、馬の頭の時のにいさまの言葉が、わかったわ」
　呟いて、ふと思い出したようにあひるは言った。
「ああ」
　うなずいて、カナトは問う。
「ところで、店に来た時、何を怒ってたんだい？」
「別に、怒ってなんかいなかったわ」
　たちまち彼女はぷいとそっぽを向いた。そのまま、兄を追い越し足早に歩き出す。
　少し行って立ち止まり、「にいさま、早く来ないと、置いて行くわよ！」と叫ぶ。
　そんな妹に苦笑して、カナトも歩き出した。
　やがて妹に追いついた彼は、彼女の歩調に合わせ、肩を並べる。
　そんな兄をちらと見やり、しかしあひるは何も言わずにただ歩き続けていた。

＋　＋　＋

　数日後。
　週刊誌『寝子島タブロイド』に、ある記事が載った。
　サンマさんとマグロのツーショットのイラストと共に『マグロさんは、攻め？』の見出しのその記事は、カナトから写メを受け取ったタルトの仕業だった。
　読者の反応はさまざまで、単純に冗談として楽しむ者もいれば、本当のことと受け止める者もいた。
　サンマさんのファンからは、抗議の投書も殺到したが――どちらにしろ、今週の売れ行きは上々だったという。

　そして。
　喫茶『アンノウン』には、今日も半獣半人のものたちや、着ぐるみをまとった者たちが集う。
　そこはまさに彼らの憩いの場――神魂の影響を受けた、不思議な場所なのである――。

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あとがき

担当マスター：織人文
ファンレターはマスターページから！

マスターの織人文です。
参加いただき、ありがとうございました。

今回は参加条件が厳しかったこともあり、定員割れとなりました。
が、人数が少ないのは少ないなりに、楽しく書かせていただきました。
こうした不思議空間は、私としても好みでもありますし、もう少し参加条件を緩くして、リベンジしてみたいとも思っております。
その時には、どうぞよろしくお願いいたします。

それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

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