装飾譚：スポーツアイテム「トモエ」｜リアクション

装飾譚：スポーツアイテム「トモエ」

朝鳥さゆるがトモエを訪れると、同じクラスの昴が長い髪の少女・ユニと歩いているのが見えた。あまり高校に顔を出さないとはいえクラスメイト。互いの顔は当然知っている。軽く頭を下げてすれ違った。
「自炊したらいいのに……」
「べ、別に料理できないわけじゃないわよ！」
「冗談だ。今度弁当でも作ってくればいいか？」
さゆるが聞こえたのはここまでだが悪くない雰囲気であった。
目当ての店に到着すると、さゆるは水泳用品のコーナーに向かう。彼女は星ヶ丘にある会員制高級フィットネスクラブのプールで週に何回か泳いでいるのだ。モデル並みのプロポーションの秘訣はそこにあるのかもしれない。
「んーっ……。届かない、です……っ」
女性の声がして振り向く。小柄な少女・宮祀智瑜が高いところのものを取ろうと奮闘していた。智瑜は、さゆるより頭ひとつ分以上小さい。
「これ？」
智瑜の目当てに予想を付けて、ハンガーに吊られた黒のハイネックを取ってやった。男性向けのサイズだ。少し高い場所にあったのはそのせいだろう。
「あ！　ありがとうございます」
智瑜はびっくりしたように目を見開いた後、ぺこりと頭を下げた。智瑜の目に、さゆるは少し年上のきれいな女性にうつる。
「他に欲しいものは？」
「いえ、大丈夫です。すみません、こういうスポーツ用品のお店って初めて来たもので」
智瑜ははにかんだような笑顔を見せた。そこでさゆるはこの少女に見覚えがあることに気が付く。よく、うちの担任目当てで教室に遊びに来てはいなかったか。
「あのさ。もしかして寝子高の１年？」
「えっ。はい、そうです。あの……あなたもですか？」
「一応。あなたのこと、見かけたことがあったから」
「そうでしたか。すみません、先輩だったんですね！」
得心して、パンと胸の前で手を合わせる智瑜。
さゆるは違うと思ったが口には出さなかった。あまり学校に顔は出していないし、自分の生活が世間から褒められるものではない自覚もあるからだ。勘違いしてくれるなら都合がいい。智瑜はどうやら、さゆるを親切な先輩だと思っているようだ。
「スポーツやるんだ」
話題を逸らそうと話しかけると、智瑜は『いえ』と微笑んだ。
「スポーツの秋だから何か始めようかと思って。運動系の部活やジムとは無縁だったので悩んでいました」
「さっき見てたのは男性向けだったけど？」
「これは祖父のにいいなって。うち、青果店なんです。このハイネックのシャツなら私のお小遣いでも買えますから！」
「ああ。そろそろ、朝も冷えるからね」
屈託のない笑顔で喋る智瑜に、さゆるはほのかな好感を持った。この子は擦れてない。
「先輩？」
「……これから始めるなら水泳もいいよ。私の趣味だけど。ご高齢の方でやってる人も増えてる」
「なるほど。屋内プールもいいですね」
「さっきは泳ぐための水着を探していたの。私の場合、気に入ったデザインでもサイズがないことが多いんだけどね」
あ、でもそれはこの子もかもな。と、智瑜の胸元を見ながら考える。
「ここってスポーツのものなら何でもそろうんですね。さっき野球コーナーを見ていたんですが、３万のバットとかあって驚きました」
「野球はくわしくないけど、そんなイメージね」
智瑜が野球用品を見たのは彼女の想い人が野球の監督をしているからだろう、とさゆるは推理する。
「水泳用品で良かったら案内しようか？」
さゆるが申し出ると智瑜は素直に頷いた。今日は祖父・祖母のハイネックが購入候補だが、ほかのスポーツ用品の下見もしたい。
（こんなモデルさんみたいな先輩といるなんて、不思議だな）
少しの緊張も楽しみながら、智瑜はさゆると水泳コーナーに向かった。

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