言の葉、消えて｜リアクション

言の葉、消えて

◆
夕陽の射し込む、軽音部の部室。
黒依アリーセは、一人ベースの練習に励む。
夏休みにこっそり練習した甲斐あって、ようやく演奏は形になってきた。
それでもまだ、音を追うのに精一杯で。
ベースと言えば、大事なのはグルーブだ。
自分で弾いてみると、改めて一流奏者の凄さがわかる。
音を拾っていくだけではなく、抑揚をつけてうねるように――と、言うだけなら簡単だ。
だけどもちろん実際には、そううまくはいってくれない。

試行錯誤を繰り返す中、ふと閃いた思いつき。
歌に乗せて、ベースを練習してみるのはどうだろう？
少しは、マシになるかもしれない。
息を吸い込んで、歌い出す。

――――ッ。
口から出たのは、かすれた呼吸の音だけだった。

ベースを弾く手を止め、眉根をよせた。
言葉が……出ない？

La――……

音は……、出るようだ。
二、三度深呼吸をして、落ち着ける。
たぶん、いつもの神魂の気まぐれだ。
ただ、これでは歌に乗せての練習は出来そうにない。
しばし、思案を巡らせる。

――そうだ。
"言葉"に頼らず、"音"に感情を乗せればいい。
ひどく難しいことのようにも、思えるけど。
やっていることは、ベースでグルーブを作りだすのと一緒。
楽しい歌を、音を、楽しく。
哀しい歌を、音を、哀しく。
そう、いつもと同じ。
言の葉に頼らず、ただ音と向き合って……。

すぅ、と息を吸い込む。
La――――…………
乗せるのは、幸せを願う想い。
ベースを弾く指、弦を抑える指も――願うように、祈るように。
歌声も、指先も。優しく、柔らかく。
だけど、その奥には折れない強さを込めて。
始めは、ぎこちない。声や指先に、力がこもりすぎてしまう。
だけど、少しずつ。それはゆっくりと解けていく。
二つの音が絡み合い、微睡むような夕の空気に溶けていく。
アリーセの、心を乗せて。

「……よし」
満足気に小さくこぼれた呟きに、言葉が戻っているに気付く。
……さっきは出来なかったから、今度こそ。

オレンジ色に染まる部室に、アリーセの澄んだ歌声が響く。
窓から射し込む夕陽は、ささやかなスポットライト。

赤から青へ　そして黒へ
光の落ちる　その間際に

君から僕へ　それは酷で
言の葉刺さる　素の心に

もう少し　待って欲しい
せめて星が　耀くまで

もう少し　待って欲しい
せめて君を　理解するまで

背を向けた君へかける
心を込めた　言の葉達
どうか君に　届きますように
僕の心　届きますように

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