ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

「まさか自分がこの夢を体験するとはね」

　日暮ねむるはきょろきょろと辺りを見回し、目当ての女の子をみつけた。

「こんにちは」

「こんにちは！」

「僕は日暮ねむるっていうんだ。よろしくね」

「うん。ぴぽは指を探してるよ」

　目線を一緒にして朗らかに話しかけるねむるに、ぴぽも安心したように笑顔を見せた。

「ところでぴぽちゃん、よければぴぽちゃんの部屋に案内してもらってもいい？　せっかくこうして会えた訳だしお兄さんと遊ぼうよ。指を探すのも手伝うからさ？」

「うん！」

　ふたりは連れ立って『ぴぽの部屋』へ向かった。

「そう云えば、どうしてぴぽちゃんて呼ばれるようになったの？　よかったら教えてよ」

「あのね、絵本に出てくるの。あ、お部屋にその絵本があるよ！」

　部屋に着くなり、ぴぽは机の棚をごそごそ漁り始めた。

「あれ、ない？　他のはあるのに……」

「今じゃなくていいよ。それより、お兄さんとかくれんぼしない？　ぴぽちゃんが廊下で50数えるうちに、僕が隠れるからね」

　遊びの提案にはぴぽも抗えない。すぐに絵本のことなど忘れて廊下に出て、数を数えはじめた。

「いーち、にー」

　その声を合図に、ねむるの探索が始まる。
　最初に先程ぴぽが探していた机の上のほうを調べた。
（お、早速怪しい）
　そこにあった本のいくつかに図書室のマークがある。音を立てないように開くと、ローマ字がびっしり書かれたカードが入っていた。
（ビンゴかな）
　静かに本を元に戻し、今度は勉強机の引き出しを開ける。そこにあるペンを取ろうとして、ねむるはあることに気づいた。
（楽譜だ。これが発表曲だね）
　引き出しを閉める。別の引き出しからは、ぴぽがらくがきしたまま放置している大学ノートを見つけ、拝借した。
（さあ、そろそろ隠れますか）
　隠れ場所に選んだのは押入れの上段。ふとんに潜り込み、ノートに今までの探索の結果、ぴぽとの会話をローマ字で記入してゆく。

「ねむるお兄ちゃん、どこー？」

　ぴぽが数を数え終わったようだ。ごそごそと辺りを引っ掻きまわす音が遠くから聞こえ、徐々に近づいてくる。
　そしてついに、押入れの戸が勢いよく開いた。

「あ！　みっけ！」

「あちゃ～見つかっちゃった。すごいなぴぽちゃん」

　ねむるに褒められまんざらではないぴぽは、えへへと照れ笑いを浮かべる。

「あ、それはくまのぬいぐるみ？　かわいいね」

「これはね、お父さんが誕生日にかってくれたの！」

　満足気にくまへ抱きついたぴぽ。どうやら一番のお気に入りらしいとねむるは見当をつけた。

「へえ、いいなあ。お父さんのお仕事は？」

「スーツの人！　サラリーマン！」

「お母さんは？　お仕事してる？」

「うん、お家の近くのスーパーにいるよ。時々おそくなるから、その時はさみしい」

　ねむるもくまに近づき、よしよしと頭をなでる。その際、耳の辺りの縫い目がほつれていることに気づいた。

「あれ、くまけがしてるよ？」

「そうなの。耳がとれそうだから、日曜日にお母さんに直してもらう約束だったんだ」

「ちょっと調べてもいいかな？」

　ぴぽが頷いたので、ねむるは耳を触ってみた。
　なにかごつごつしたものがある。
（……まさか）
　ねむるは耳の綿を抜いた。ぴぽが「あ！」と声を上げたが、構ってはいられない。

「ごめんねぴぽちゃん。でもほら……あったよ」

　ぴぽは出てきたものを見て、満面の笑みを浮かべた。

「これで全部だ！」

　小さな五本の指は無事、ぴぽの元に戻ったのだ。

「よかったねぴぽちゃん。それと、これは僕から贈り物」

　ねむるがぴぽに託したのは「こうかんにっき」と書いた大学ノートメモだ。

「よかったら読んでみて」

「うん！」

　次の日の朝はここ最近で一番気持ちのいい晴天だった。

「ちょっとはあの子も気が晴れたかな」

　大きなあくびをし、ねむるは眠そうな目で微笑んだ。

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